「帰ってきたらでいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ねぇねぇ、さっきのケーキだよね?」
「あ、ごめんね。ノイン。あれはリョウちゃんへの日頃のお礼なんだ」
「あー。それはホントにそうだと思う」
「うっ!」
 
 ――ということでフィリックスとレイオンを監視役兼保護者として外出できたノインと(リョウ)
 深く溜息を吐く(ジン)と、案内役のマカルン。
 オルセドは用が済んだので店に帰って行った。
 
「……それにしても、(ジン)くんは召喚警騎士団のお手伝いしてたんだね」
「あ、う、うん。学校で学んでもいいんだろうけど……あそこはちょっと色々……貴族令嬢の人たちが、その……色々ちょっと……」
「む、無理しなくていいよ」
 
 目が、遠い。
 なにがあったのかはわからないが、フィリックスの方を見ると首を横に振られた。
 おそらく(ジン)も貴族絡みだろう。
 
「婚姻云々か。貴族たちは変わらんなぁ」
「アスカさんが裏で動いてても、やっぱりなかなか変わらないね」
「そりゃあそうだろう。王侯貴族の制度そのものはこの国だけのものじゃあない。自由騎士団(フリーナイツ)に召喚魔法騎士の部署を作る話もあるが、それを各国に認めさせるのも難航している」
「あー、あったねー、そんな話」
「そんな話があるんですか?」
「お、やっぱり気になるか、フィリックス」
 
 そりゃあ、と言わんばかりの表情。
 彼も平民出身の召喚魔法警騎士だ。
 貴族の召喚魔法警騎士の横暴っぷりには、日々煽りを食らっている。
 
「おれもそうですけど、おれよりもスフレの方が色々酷い目に遭わされてるんですよね。召喚魔法師は専属契約召喚魔――いわゆる相棒がいて初めて一人前として認められるのですが……スフレは在学中に仲良くなった召喚魔をことごとく貴族に横取りされて、今だに相棒がいないんです」
「うぇ……そ、そこまでしますか?」
「あいつも成績がよかったから」
 
 (リョウ)とノインは「へー」くらいのものだが、召喚魔法を学んでいる(ジン)は驚愕していた。
 それだけ重要なことらしい。
 両肩に乗るおあげとおかきが頬擦りしてくるので、背中を撫でる。
 (リョウ)の契約召喚魔というわけではないけれど、二匹とも大切な(リョウ)の相棒だ。
 それを横取りされると思うと……気分はよくない。
 
自由騎士団(フリーナイツ)に召喚魔法師部署ができた場合、召喚警騎士団の代わりになるんですか?」
「いや、わしらはあくまでも中立機関だ。警騎士のように国家資格があるわけではなく、国家の監視役――どちらかというと冒険者に近いからな」
「うーん……そう、ですよね」
「この国含めて他国も自由騎士団(フリーナイツ)に、これ以上の権威を与えるつもりはなかろうよ。内政干渉だなんだと、下手をすれば我らを拒むようになる。そうなれば膿は拡がり、腐敗は進む。皆『消失戦争』で忘れているかもしれないが、ワシが生まれた頃はエレスラ帝国がこの国――ウォレスティー王国に攻め込み戦争を行っていた。背後のレンブランズ連合国もエレスラ帝国に戦力を削いでいるのを見て、隙をついては攻め込んできたり、な」
 
 レイオンが鋭い目つきで空を見上げる。
 召喚魔法師は国家所属。
 その強力な力で以って、貴族たちは強固な地位を築いてきた。
 彼らが偉そうにして許されてきたのは、国を守ってきた功績があるから。
 
「当時はどこの村が焼け落ちたとか、どこの町に【機雷国シドレス】のミサイルが落ちたとか……そんな話ばかりだった。今は流入召喚魔の件で各国落ち着きを見せ始めてはいるものの、平民出身の召喚魔法師たちは貴族たちから『手柄を立てれば爵位をもらえよう執りなしてやる』と騙されて前線に送られるような存在だった。だからまあ、わしとしては『聖者の粛清』の怒りは――もっともだと思っている」
「師匠……」
「やり方さえ間違えなければ……やつらの主張は正しかった。聞く耳を持たなかった三国が悪い。だが、やりすぎちまった。八異世界まで巻き込んで。ここからまた変えていくのは、二十年そこらじゃ無理だろう。わしが生きている間に変えられるとは思えない。だから余計に、慎重に動かなければならないだろうな」
 
 ふう、と溜息を吐くレイオン。
 この世界もまた、針の上にあるようなバランスで平和が保たれているのだ。
 
「は、はぁ。あ、村が見えて参りました」
「私とノインくんも聞き込みを手伝いますね」
「あ、ああ、よろしく頼むよ。とりあえず二手に別れよう。レイオンさんとノイン、おれとリョウちゃんと、ジンも来る?」
「あ、はい。ぜひ!」
 
 よし、隙を見てリグに会いにいこう。
 なんて(リョウ)は考えていたのだが、村は存外広い。
 お見合いパーティーの会場の広場に料理を運び、セッティングして、会場に集まっている人たちから話を聞くという逃げ場のない状態。
 
「行方不明の子たちについて? 小さくて可愛い子が多いわね。それから、意思疎通ができない子ばかりだったと思うわ。召喚魔法師と契約しないと、翻訳魔法っていうの? それがないから、この世界の人間には全然なにを言ってるかわからないと思うわ」
「小さい子ばかりがいなくなっているな。ほら、君の肩に乗っている子くらいの。そういえば【鬼仙国シルクアース】の居住特区の方でも、小鬼や仙女の(しもべ)がいなくなってるって話を耳にしたな。向こうも小さい子がいなくなってるそうだよ」
「ああ、その話は私も聞いたわ。私が聞いたのは【神霊国ミスティオード】の居住特区の子がいなくなったって話だけど。そういえば向こうも言葉が話せない、小さい魔精や天使や悪魔がいなくなってるって話だったわね」
「そ、そんなに……。お話ありがとうございます」
 
 一度フィリックスと(ジン)と合流して、合コンパーティーの参加者に聞いた話を二人にも話す。
 すると二人も同じ内容だったらしく、表情がますます深刻になる。
 
「こんなになるまで放置していたなんて……! なにしてるんだよ! ホンット貴族連中は……!」
「他の居住特区にも被害が出ていたのは驚きましたね。フィリックスさんだけじゃ無理じゃありませんか?」
「ウキ! ウキキ!」
「ああ、おれもキィルーも本調子じゃないし、魔法が使えるオリーブだけでもついてきてもらわないと難しいな……」
 
 しかし、町には億越え賞金首が三人。
 あちらも放置はできない。
 
「体がいくつあっても足りねぇー!」
「「…………」」
 
 本当に。
 せめて貴族が真面目に働いてくれたなら……。
 
「おーい! そっちはどうだー?」
「有力情報だよ! 攫われるところを見た人がいるんだって!」
「なに!?」
 
 そこへレイオンとノイン、マカルンが帰ってきた。
 他の村人にも話を聞いていたところ、ユオグレイブの町の北にある小さな森に洞窟があるらしい。
 そこで黒いマントを纏った男を見かけたという。
 
「く……」
「黒いマント……」
 
 と、言われると、(リョウ)(ジン)には思い至るやつらがいる。
 召喚された時に、初めて見たのがそいつらなのだ。
 同じとは思えないが、(ジン)が「そういえば、ユオグレイブの町に隠れて儲けるとかなんとか……話してた気がする……」と呟くと全員が押し黙った。
 
「……『赤い靴跡』か……」
「人数が、いるね……」
「攫われているのが小型で意思疎通ができない召喚魔ばかりというと、裏オークション用と繁殖用だろうな。はあ、ったく由緒正しい悪事ってやつか」
 
 と、レイオンが頭を掻く。
 小型の召喚魔を誘拐して売り捌くのは、『赤い靴跡』に限らず悪党が小金を稼ぐ手っ取り早い方法の一つだという。
 昔から――それこそレイオンが生まれる前から繰り返されてきた、召喚魔法犯罪の一つ。
 魔獣の起源は戦争用の兵数補完のための乱繁殖によるもの。
 そして、今回攫われた召喚魔たちは()()()だろうという。
 驚きすぎて思わず口を覆ってしまう。
 
「王都に連れて行かれると、足取りが追えなくなる。客は貴族だろうから、召喚警騎士団の貴族召喚魔法師が動かないのは当然だろう」
「腐ってやがる……!」
「キキィ……」
「フィリックスさん……」
 
 誰よりもあからさまに怒りを露わにしたのはフィリックス。
 相棒が獣人のキィルーだから、余計だろう。
 自分の職場がこうも救いがないと、そう思うのも当然だ。
 しかし、レイオンの話を思い出すと――それでも中から変える努力をするしかない。
 平民出身の召喚魔法師の改革は、二十年前に最悪の形で道を誤ってしまったのだ。
 正しい形で変革をもたらすには、それよりも長く地道な努力を続けていくしかない。
 
「ねぇ、師匠。ボクらだけでなんとかできないかな?」
「『赤い靴跡』は最低でも二十人で動いている。一人一人が橙級の冒険者と同等だ。やってできねぇこともないが、捕まえたあとのことも考えろ。一度で一網打尽にしないと、何匹かの召喚魔は永遠に足取りを追えなくなる」
「むーぅ」
 
 手が足りない。
 圧倒的に。
 しかし、召喚警騎士団も冒険者協会も、街の中にいる億越えの賞金首に夢中。
 当然だ。
 この居住特区を含め、ユオグレイブの町全体の安全性を思えば億越えを捕えるか追い出すのは最優先。
 しかし――。
 
「ダンナさんに相談してみたらどうかな!」
「! 君は……」
「あ……この間の……」
 
 ウサギ耳の女の子。犬耳の男の子。猫耳の男の子。
 そして、豹の獣人の男の子。
 
「……でも……」
 
 ダンナさん。
 リグのことだ。
 言い淀んだのは、リグがシドの――弟だとハッキリと聞いてしまったから。
 隙を見て、一人で会いにいこうと思っていた。
 (ジン)を連れて行って、元の世界に帰る方法を聞いてもいい。
 ただ、フィリックスは連れていけない、と。
 
「お姉さん、この間ご飯を持ってきてくれた人でしょ? 今日のご飯もダンナさんに持って行ってあげてよ」
「お願い。人間が食べるものなら食べてくれるかもしれないの」
「そしたらお姉さんたちのお願いもダンナさん聞いてくれると思うし!」
「……え? た、食べてないの?」
「「「うん」」」
 
 血の気が引く。
 彼には――リグには、『ダロアログの持ってきたものしか口にできない』呪いがかけられている。
 シドはそれを解呪する目処が立っていると言っていたが、まだ呪いは解けていない。
 子どもたちの目から見てもなにも食べていないのだとしたら……。
 
(そうだ、あいつ……ダロアログ……リグに『お仕置きする』とかなんとか言ってた)
 
 思い出すだけで腹が立つ。
 リグがダロアログの意思に添わないことをしたから。
 それは(リョウ)の魔力を封じること。
 ダロアログに、悪用されないように。
 それが悪いこと。
 
(守らなきゃ……助けなきゃ……)
 
 そう、強く思う。
 それはきっと、フィリックスの怒りを見て切なそうな表情をしたキィルーのような感覚。
 召喚主を、主人を。
 
「食べてないって、なんだ?」
「ダンナさんって?」
「えっと……」
 
 フィリックスとノインが子どもたちに目線を合わせて聞いている。
 口籠る子どもたちが見上げているのは、フィリックスの制服だ。
 
「ああ、大丈夫ですよ。フィリックスさんは貴族の召喚警騎士ではありませんから」
「じゃあ、大丈夫なの?」
「……召喚警騎士が召喚魔に警戒されるって……」
「キ、キキィー」