夕方、暗い部屋で葵を想う美結。

「...」

想い出す。

カッターナイフの刃を出す葵の生気のない目。

あの時の殺意はとてつもなく恐怖だったが

今思うと、快感に胸が締め付けられる。

(最近、葵怒ってないな...)

普段穏やかな葵は相当ではないと怒らない。

(最後怒ったのっていつだろう)

(中学生?高校生?)

(...あの時はまだ子供だったし)

(今は感情が薄れた?)

(俺も葵も落ち着いたよな)

(...でも、また見たい)

(葵が怒るところ)

美結の胸が高鳴る。

久々に葵を怒らせようと。

(明日、やろう...)

(今夜はドキドキして寝られない...っ♡)



翌朝...

美結は、葵と会う時間まで

いてもたってもいられず

友人の千紗希に電話をかける

「彼氏とはどう?」

「相変わらず惚気けとるよ♡」

「そっかw」

「ところで今日、命日になるかも」

「え...?どゆこと?」

「恋人の葵を怒らせようと思って」

「なんで?(笑)」

「ドキドキするんだよね、葵が怒る姿」

「あー...(苦笑)」

「前怒った時はカッターナイフ出してた」

「え、マジ?」

「まぁなんとか許してもらえて助かったけど」

「...怒らせるのはやめときな(笑)」

「大丈夫、そうなったら逃げるからw」

「でもすぐ捕まるだろうな、葵は足速いし」

「殺されるよりは無理心されると思う」

「えー...」

「その時は謝っても許してくれないと思うから」

「素直に受け入れる」

「情死は18歳の頃からの梦だし」

「いやいや、それはやめよ?」

「俺が実現する逝き方は綺麗ではない」

「でも...葵が冷静に聞いてくれるかなぁ...」

「やめときな...」



千紗希に止められるが美結のブレーキは効かず

葵との待ち合わせ場所を

ローズアリーナの広場にした。



そして本番の時...

「葵...逢いたかったわ」

「僕もだよ」

「今日も遠くから来てくれてありがとう♡」

「美結に逢いたいからね...」

「...」

美結は葵と会う前に計画を立てた。

(...やるか、ぶっつけ本番で)

「ちょっとここから動かないでね」

「うん」

そう言うとエレベーターに乗る。

背を向けて扉が閉まった時、

堪えていた感情が溢れて舞い上がる。

「はぁあ...!どうしよどうしよ♡」

そしてエレベーターから下りた美結は

スマホでInstagramを開く。

ドキドキして胸が締め付けられる。

「......」

ゆっくり息を吐いた時

『俺、葵以外に好きな人ができた』

『もう付き合ってるの』

『ごめんね、だからあなたには冷めてました』

『さようなら』

とメッセージを送った。

(...送っちゃった)

まだ既読がつかない画面を瞬きせず。

息を殺して唾液を飲み込む。

「...」

(あれ、既読しない...)

(故意に未読とか...ないよね)

(いや、それはない)

Instagramのメッセージは2件以上だと

見出しに表示されない仕組みになっている。

既読を待てば待つ程、恐怖も強くなる。

(やっぱり...)

取り消そうとメッセージの長押しをした時

「っ...」

既読がついた。

(ヤバい!)

急いでInstagramを閉じると作戦を実行する。

恐る恐るローズアリーナへの長い階段を上がって

まだ葵がいるかを見に行く。

もし、いなければ美結を追いかけて

エレベーターから下りたと見て

回り込んで逃げる作戦。

「......」

階段の真ん中に来た時、葵の姿が目に入る。

(っ...まだいる...)

様子を伺うと葵はスマホを触っている。

(え、何してるんだろ...返信...?)

美結は再びInstagramを開くと...

(あっ...)

新着メッセージが届いていた。

それは葵からだった。

「......」

1件のメッセージの見出しには

『そっか、分かった』

と書いてある。

(え、え...えっ...?)

思わぬ返信に頭が真っ白になる美結。

スマホをポケットにしまう葵は、

何もないように景色を眺める。

(...おかしい)

(葵の知恵には騙されないぞ)

(すんなり受け入れたと見せかけて)

(俺が戻って来るのを...)

(悪いな...俺も大人だ)

(ならば火に油を注ごう)

美結は階段を下りると、

Instagramで葵に追加のメッセージを送る。

『実は今、その彼女ここにいるんだ』

『一緒にトイレの個室にいるよ』

『キスして、SEXもしてる』

『あぁごめんw君には関係ないね』

殺される覚悟で葵が追いかけてくるのを待つ。



「......」

再びメッセージに既読がつく。

数分待っても返信はない。

葵は美結を追いかけるどころか

その場を動かず、怒りの気配すら感じなかった。

(...腹では激怒してるんだろうな)

(余計怖いんだけど)

そう思い、階段を下りて振り向くと...

「...っ!」

美結を見下ろす葵。

「......」

「......」

数秒の沈黙が続いた後...

「お幸せにね」

そう言い去る葵。

「え...待って!」

ダッシュで階段を上がって葵を追いかける。

「葵!...っ」

心に体が追いつかず転びそうになる。

「ねえ!」

遠ざかる葵の背後に飛び掛かるように抱きつく。

(バッ!)

「嘘だよ...葵」

「葵以外に好きな人なんていない...」

「うわぁああああ...!」

声を上げて泣く美結。

「...」

葵は振り向く。

「分かってるよ」

「美結が僕以外を好きになるわけない」

「...本当に?最初から嘘だと分かってたの?」

「うん」

「嘘だと分かったからじゃなくて...?」

「本当に離れようとしたんじゃないの...?」

「離れるぐらいなら一緒に逝くよ」

「っ...」

「可愛いな〜、美結は...」

「ˆ ˆ」

「...」

しかし、美結は突然不安になる。

葵に嘘だと言わなかったら

本当に去ってたのではないかと。

「......」

「美結...?どうしたの?」

俯く美結は言葉が出ない。

久々に胸がズキズキと締め付けられる。

「葵...ごめん...」

「いいよ、気にしないでˆ ˆ」

「別れよう」

思いもしない発言をしてしまった。

「...え?」

「ごめん...分からない...分からない...っ」

頭を抱えておかしくなる美結を抱き締める葵。

「美結、愛してるよ」

「俺は愛してない」

葵を振りほどいて離れると

端に足を乗り上げて高所から落ちようとする。

美結の腕を掴む葵は冷静だった。

「一緒に逝こうか」

「...っ」

美結の胸が高鳴るが痛みに覆われる。

「......」

傍に居るのが苦しく

エレベーターに乗ると、追って入る葵。

背を向けて微動だにしない美結。

「どんな逝き方でもいいよ」

「...」



エレベーターを下りて...

「じゃあ、お互いの全身に...」

「...やっぱ言わない」

「あなたのこと信じられないわ」

「もし、私があなた以外の人を好きになったら」

「あなたは受け入れて"お幸せに"と去る...」

「...美結こそ、僕を解ってないね」

「さっきのが嘘じゃないなら」

「僕達は今頃、あの世にいるよ」

「...だから追いかけて来なかったの?」

「怒らなかったの?」

「分かってたから、ちょっとだけいじめたんだ」

「...」

「もう知らない」

「...」



トイレの個室に入る美結は葵へ視線を送る。

中に連れ込んでドアの鍵を掛ける。

「...っ」

美結は葵の首に手を巻き付けて抱き締める。

唇に舌を入れて絡ませて...

「っ...葵...ごめんね...大好き...」

「謝らなくていいよ...不安にさせちゃったね」

「ごめんね」

「葵が怒るところ見たくて...嘘ついちゃった」

「そうなんだね」

「この歳になっても子供みたい...」

「可愛いね...」

「葵...愛してる...」

「愛してるよ」

葵は美結の腰から胸を撫で

細い指で乳首を弄ぶように愛撫する。

目を閉じて下唇を噛み照れ笑いを浮かべる美結は

次第に体の奥がゾワゾワする。

「入れて...」

葵の人差し指と中指が美結の濡れた膣に入る。

処女膜まで抜き挿しを繰り返し...

春の始まりに愛は精神と体を熱して

汗がじんわり滲んでいた。



「トイレでシたの久々だね」

「そうだね」

「高校3年生の頃以来かな」

「...美結」

「?...」

「僕と美結は死よりも強い愛だよ」

「...いつかどこかで聞いたなぁw」

「ふふっ😌」

「えへへ...♡」



葵を怒らせる作戦はすっかり忘れていたが

また一歩、愛が強まったのであった。