 ︎︎それから後の時間はやけに長く感じた。クラスメイト達はそんな私を見ながらヒソヒソしていた。どうして周りはこんなにも、少女漫画的展開を望むんだろう。私はそんなのなくても全然いいと思う。いや、むしろ要らない。

 借りていた本を返して、教室へ戻る。今日は部活がない日だからいつもより早く皆が帰路についている。そんな景色を彼はひとり、ぼんやりと眺めていた。

「ごめん遅くなっちゃった。....どうしたの?いつもそんなこんなのしないのに」

「んーん、ごめんね急に呼んだりなんかして」

 そう言って曖昧に笑う。いつもと違う様子になんだか少しだけ胸の奥が痛い。笑顔なのはそうなんだけれど、少しだけ寂しそうな...悲しそうな、そんな顔だ。

「別に大丈夫、なんかあった?......もしかして...」

「大丈夫。まだ大丈夫だから。雉真ってすぐ顔に出るよな」

 不安なのが顔に出てしまっていたようで、それを見ていつものように青山くんは笑った。その表情を見て少しほっとした。
 私と向かい合っていた彼は、また窓の外に視線をやる。ここ数日は本降りの雨だったのに、今日はそれか嘘のように綺麗なオレンジ色の空をしている。

「バレではないんだけどさ...雉真になら....話してもいいかなって」

 そう言う彼の表情は、寂しげなものに戻っていた。

「俺さ、二年休学してたんだ....別に怪我したわけでも病気したわけでもなくて。」

「じゃあなんで.....」

 表情とは反対に明るい声で続ける彼。どうしてそんな風で居られるのか私には分からない。その話を聞いている私は、今とても痛いのに。

「うちの両親、ちよっとアレでさ.....だからお金足りなくてそれで二年休学してた。二年休んでもギリギリだから、今もバイトしてる」

「頼れる人とか居なかったの?」

 馬鹿だった。知られたくない秘密だろうとは思っていたけれど、怪我とか病気とか終わりの見えている理由なんただろうと頭のどこかで思っていた。それをすること自体大変なことなのに。

 私は本当に大バカ者だ。

「ばあちゃんとかに頼ってた時期はあったよ。でも今は十八になったら、お酒とか以外は大人と同じ扱いだから。十八になる年になったら復帰しようと思ってた」

「そっか、ごめん......なんて言っていいか....」

「変に気なんか遣わなくていいよ。制服とかちよっとコスプレっぽいかもだけど」

 どう言葉をかけていいのか迷っている私に、そう言って笑いかける。

「うん....秘密バレないように、できるだけ協力するね」

「助かる」

 そう言う彼は相変わらず、窓の外を見つめている。青山くんは....私の好きな人は、今何を思っているんだろう。後悔?それとも昔の事を思い出しているだけ?

 知りたい....。

 口には出せない。出してはいけない気がする。これを言ってしまったらまるで、弱っているところを狙っていたみたいになってしまうから。

「なんか嫌なことあったら、いつでも聞くから」

 今はこれが精一杯だった。二人の間に沈黙が流れる。今までの私なら何か話題を探して沈黙をなくすために喋っていたけれど、最近はそれもしなくなった。これは私の考え方が変わったのか、それとも彼と二人だからなのか。そんなのどちらでもいい。下手に理由を探すのも疲れてしまうし、どっちだったにしても私にとってはいい変化なのは間違いなかった。

「夕日綺麗だね....」

「俺夕焼けちよっと苦手」

「なんで?くらいの怖いとか?」

 少しからかうように言う私にクスリと笑いながらこんなことを青山くんはこう返した。

「太陽好きだからさ、沈んでほしくなくて」

「へぇ...」

「太陽って名前、ばあちゃんが付けてくれたんだ」

「そっか」

 初めて彼のことを深く知れた気がした。それと同時に、どさくさに紛れて告白っぽいことをしたのが恥ずかしくなった。

「ばあちゃんよく俺に言ってたんだ。困ってる人がいたらできるだけ助けなさいって。他にもたくさん言われたけど、これはよく覚えてる」

 そう話す彼は少し晴れやかな表情をしていた。いつもの青山太陽くんに戻った。そんな感じがした。

「聞いてくれてありがと!スッキリしたわ!あ、でもバイトしてる話は内緒で!!一応校則違反してるから」

「自信満々に校則違反なんて言うもんじゃないよ」

 いつもの笑顔でそう言う彼を見て、思わず私も笑ってしまった。彼といると、本当に楽しくて時間があっという間に過ぎていく。それが今は、少しだけ寂しい。

「そろそろ鍵しまっちゃうから出よう」

 終わらないで欲しいと思ってしまう。

「じゃあまた明日ね、青山くん」