六月初旬、このところだんだんと雨の日が増えてきた気がする。多分もう少しすると梅雨入りしそうなそんな日の放課後、私は六限目の内容をノートにまとめていた。六限目は国語の授業で今回は珍しく、終わるまでに書き取りが間に合わなかった。


「よしっ、できた。...あれ?」

 ふと見ると誰かの生徒手帳が落ちている。

「誰のだろ?.....青山くんのか....」
 
 私は落とし主に届けるために中を確認する。青山太陽くん。メガネをかけた大人っぽい写真が貼り付けられている。写真の隣にある生年月日の欄を見て、私は混乱する。書かれている生年月日が私や他の同級生のものより、二年も前のものだったから。

「二年前って.....どういうこと....?」

 もし見間違えじゃなかったとしたら、青山くんは今年二十歳になる計算になる。あまりにも衝撃的すぎて、私はただその生徒手帳を見つめることしかできなかった。
 私が手帳とにらめっこしていると不意に教室の戸が開いて男の子の声がする。私は慌てて後ろに振り返った。

「あっそれ....探してやつ」

 教室に入って来たのは二つ隣のクラスの青山君だった。相変わらず背が高いしイケメンだし、大人っぽくていいなぁ...。なんてぼんやりとしてしまう。って違う、そうじゃない。ちゃんと謝らなくちゃ。

「ごめん....!!落とし主に届けようと思ってそれで....中も見えちゃった....!!あのほんと、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だから。拾ってくれたんだよなそれ....ありがとう雉真(きじま)さん。あー...これの中身はみんなには内緒にしててくれると助かる」

 青山くんは自分の唇に人差し指を当てて、内緒。のジェスチャーをしてから教室を出ていった。

「ふぅ.....」

 思えば青山くんとしっかり話したのは今日が初めてのような気がする。もちろん授業で教室が同じときには挨拶もする。だけど本当にそれくらいで、彼に関することはほとんど知らない。
 クラスの中では青山くんの話をする子はたくさんいるけれど、その子達も本人には近寄り難いと話しているのを聞いたことがある。

「どんな子なんだろう.....」

 きっかけがいいものだったのかは分からないけれど、私はほんの少しだけ青山くんのことが気になりはじめているのは確かだった。

「今日のこともちゃんともう一回謝らないと」

 わざとじゃないとはいえ、周りにあまり知られたくない秘密を知ってしまった。もちろん誰にも言うつもりはないけれどあんなに慌てながらの謝罪だと、きっと向こうも混乱しているはずだから。
 チャイムが鳴って、他の子達がバタバタと走っている様子が見える。湿度が高いせいなのか、滑りそうになっている子がちらほらいる。私も教室に戻るために視聴覚室を出る。廊下を少し歩いたところで、友達に声をかけられる。

「居た!紫乃(しの)〜....ねぇ聞いてよ〜」

「危な...コケるところだったわ、どうしたの?」

「なっちゃんがさー....最近なんか冷たいんだよー」

 困り顔でそう話しかけてきた友達。私はその子に向かって笑顔を作る。こうするだけでも、自分を相手のマイナスな空気感から守れる気がしている。正直勉強や運動なんかより、女子同士の人間関係が一番難しい。

「気のせいじゃないかな。気にしすぎかもよ?」

 私は当たり障りのない答えを出す。でも相手の表情は曇ったままで....こうなると相手が落ち着くまで一緒にいるしか方法がわからない。

「そうだといいんだけどなぁ......」

「私はなっちゃんじゃないからねぇ.....」

 その後も同じような会話が何回かループする。こう何度も続くとめんどくさい。やめてくれ。