【惑星】
トキオが目を覚ますと、見慣れない真っ白な部屋の中にいた。
「ここは一体……? うっ、痛ぇっ……」
起きあがろうとした瞬間、体中に激痛が走った。
トキオはまたベッドに伏せって、痛みの波が過ぎるのを待つことにした。
「たしか……おれはあの時爆発に巻き込まれて……」
ケガのショックのせいか、記憶が途切れ途切れになっていて状況がうまく飲み込めない。
そうしている間に、部屋の外に人の気配があることに気がついた。
ちょうどトキオが背中を向けている方のかべだ。だから、様子をうかがうためにおそるおそる、寝返りをうつように体を反転させる。
ギシギシ骨がきしむのを感じながら顔の向きを変えると、真っ白な部屋だと思っていた四方の壁のうち一面は、ガラス張りになっていた。
その向こうに、何人かの人物が立っていて、時々ささやき合いながらトキオを観察するようにガラス越しにこちらをじっと見つめている。
「なんだアイツら」
トキオが眉をひそめた理由は、彼らの見た目にあった。
真っ白な部屋と揃えたような、真っ白な服を全員が着ていた。しかも、普通の洋服ではなくて、宇宙飛行士の宇宙服みたいにゴツゴツとしたおそろいの防護服を、つま先から頭まですっぽり被るように着ていて、中の人間の姿を完全に覆い隠してしまっているのだ。
彼らの方も、トキオが目を覚ましたことに気がついたのだろう。
防護服たちのウチの一人が、携帯タブレットに何かを打ち込んでいるのが見えた。
すると、トキオのいる部屋の天井から、大きなモニターが下りてきた。
モニターには、メッセージが打ち出されている。
『気分はどうですか?』
「どう、って言われても……そもそもここはどこだよ」
トキオが返事をすると、それが意外だったのか、ガラスの向こうがざわめいた。
また、何かを入力している。
『ここは、安全。戦争は終わり』
「戦争は終わり……って、そうだ! 戦争だよ! みんなどうなったんだ?!」
トキオは今度こそ飛び起きた。
そうだ、全て思い出した。こんなところでへばっている場合じゃない。
***
それは、あまりにも突然のことだった。
トキオ達が“それ”に出会ったのは、いつも通り学校で授業を受けて、放課後に校庭で友達とサッカーをして遊んでいた時だ。
ゴールキーパーをしていたソウちゃんが、突然「何だあれ!」と上空を指さした。
みんなも一斉にソウちゃんの視線の先を見た。
そこにあったのは、上空に浮かぶ巨大な円盤だった。
「ゆ……UFOだ!!」
その時はまだ、おどろきが半分、興奮が半分、くらいだった気がする。
その円盤が、レーザー銃でこちらを攻撃してくるまでは。
最初はただ浮かんでいただけの円盤の底から、ゆっくりと黒いストローみたいなものが四方八方に突き出して、なんだろうと眺めているうちに、その先端が光り始めたのだ。
そして、ピュン、という風を切る音がしたかと思った瞬間、トキオたちの背後に建っていたはずの校舎が大きな地響きをたてて崩れ落ちた。
「う、うわあっ!」
「逃げろっ!」
トキオたちは散り散りになって、校庭から飛び出し一目散に走った。
街の他の場所も攻撃されていて、その様子はひどいありさまだった。
UFOは目立つ大きな建物から順に攻撃しているのか、市役所や、学校や、スタジアムなどはすでにガレキと化していた。
家がある商店街の方に向かって走っているはずだけど、景色がずいぶん変わってしまっているのと、街に逃げまどう人々があふれていてろくに前も見えないので方向感覚が狂ってくる。
「くそっ、どいてくれ!」
精一杯叫んでみても、大人たちも逃げることに必死なので、背の小さいトキオのことを誰も気に留めない。
このままじゃ、ナゾの円盤に攻撃される前に人で押しつぶされて死んでしまう――そう思った時だった。
「トキオっ!」
大きなバイクがエンジン音を響かせながら、トキオの横まで駆けつけた。
このバイクなら、よく知っている。
「レイ兄ちゃんっ!」
同じ商店街の住民として近所に住むレイ兄ちゃんは、ほとんど兄弟みたいに育った。
バイクにも前からよく乗せてもらっているから、すぐに分かった。トキオはレイ兄ちゃんが投げたヘルメットを受け取ると素早くかぶり、バイクによじ登った。
「トキオ、逃げるぞ!」
「でも、どこへ?」
「とにかく遠くへ」
それだけ言うとアクセルを回し、バイクは勢いよく出発した。
レイ兄ちゃんは、大学にいた時に襲撃にあったらしい。
大学には優秀な人たちがいっぱいいたからか、トキオたちが見たものよりも詳しい情報を知っているようだった。
円盤には、宇宙の他の惑星からやってきた生命体が乗っているらしい。
「宇宙人ってこと?!」
「まあ、小学生にも分かる言い方をするなら、そうなるだろうな」
「なんで宇宙人がオレらを攻撃するんだよ」
「トキオ、今、地球って温暖化とか色々大変だって聞いたことあるか? 学校でやった?」
「うーん、なんとなく」
「たぶん、宇宙の外もそんな感じなんだよ。環境がどんどん変わってるらしい。それで、状況がまだマシな地球に目をつけたと」
レイ兄ちゃんはそう言って空を見上げた。
天気は良かったはずだが、巨大な円盤が太陽を隠してしまっているため周囲は影になってうす暗い。
いまトキオたちが攻撃されているのは、宇宙人が地球を乗っ取ろうとしている、ということか。
だけど……そんな勝手なこと、許されるはずがない。
「地球の人たちは反撃しないの?」
「大丈夫、今偉い大人達が依頼して特殊部隊が準備を進めている。みんなが協力すれば、宇宙との戦争だって負けないさ」
「宇宙との戦争か……」
バイクはフルスピードで道路を駆けた。
信号機や交通ルールもめちゃくちゃになっているので、ところどころで事故が起こっている。
救助の人が不足している場所もあった。
しばらく走ったところで、いくつもの車がぶつかり合って完全に道が塞がれてしまっていた。
「こりゃ進めないな」
「どうしよう……」
そのときだ。
レイ兄ちゃんがハッとして空を見上げた。彼の見た方へトキオも顔を向けると、円盤のレーザー銃が、ゆっくりとこちらに向かって動いているのが見えた。
銃の先端に光が集まる。
「危ないっ!」
隣にいたレイ兄ちゃんが、トキオに覆い被さった。
トキオの記憶はここまでだ。
***
そうか、そういうことだったのか。
トキオの頭の中で全てがつながった。
きっと、バイクのヘルメットのおかげで自分は一命を取り留めたのだ。そして、ケガで動けなくなった自分たちを、偉い人が派遣したという特殊部隊の人たちが助けてここまで運んでくれたんだろう。
トキオはガラスの向こうに向かって叫んだ。
「オレを、助けてくれたんですか? レイ兄ちゃんたちは、どこにいるんですか?!」
防護服たちは、また頭を寄せ合って何かを相談している。
そうして、またしばらくしてからモニターに文字が現れた。
『教えられない』
なんでだよ!
そう怒鳴ろうとしたのだが、体に力が入らないせいで、口から出たのは「そんな……なんでだよ……」という弱々しい声だった。
気づけばモニターには、次の文章が現れている。
『あなたを調べます』
「調べる?」
ケガの具合とか、記憶が飛んでる部分を調べるってことだろうか?
確かに体は痛いけれど、爆発の瞬間レイ兄ちゃんがかばってくれたのもあって、そんなに細かく検査するほどのダメージは負っていない気がする。
「必要ないですよ」
『……』
まさか断られると思っていなかったのか、返事に困っているのか、モニターにはそれ以上のメッセージは流れなかった。
「それにしても……」
トキオは一つ、疑問があった。
あの大げさな防護服は、何なのだろう?
戦争の最中なら必要だったかもしれないが、もう戦争は終わったと言っていた。
これではまるで、空気中に毒ガスをまかれたみたいな――
「まさかっ?!」
宇宙人がそんなことをやったのか?
いや待てよ……部屋を見渡すと、天井近くに換気用の小窓が開いている。もし毒ガスが流れているなら今のトキオだって無事なはずがない。
友達も、家族も、レイ兄ちゃんも、どこにいるんだろう。
会いたいよ。
「こういう時は……考えていたって仕方がないっ!」
トキオは全ての力を振りしぼって立ち上がり、部屋にある唯一のドアにむかって突進した。
いざ動き出してから、ドアにカギがかかっていたらどうしよう、あの特殊部隊の大人たちに取り押さえられたらどうしよう、と解決する当てもない不安がいくつか頭をよぎったが、予想外にもそのどちらも現実にはならなかった。
ドアにはカギがついていなかったし、トキオが脱出するなんて想定外だったのか、防護服たちはトキオが近づくとおどろいて尻込みするように下がってしまったのだ。
「そんなんで大丈夫かよ……」
トキオが心配することではないけど、一般人相手だからって油断し過ぎじゃないか?
……まあいい、トキオがやるべきことは、外にでてみんなの無事を確認することだ。
建物の外に出るまで、何人かの防護服と出会ったが、誰もトキオを止める人はいなかった。それどころか、トキオの姿を見ると逃げ出す人すらいた。
なんか、変な感じがする。
痛む足をひきずりながら、ついにトキオは外に到達した。
「よし、ここまで来れば……! って、なんだよこれ……」
外の景色は、すっかり変わり果てていた。
ひどい攻撃を受けて、建物はほとんど残っていない。
それに、景色が違って見える一番大きな理由はそこではなかった。
――街の人々が全員防護服を来ているのだ。
道を歩く人も、商店街で店を開く人も、辺りをパトロールしている警察官のような人も……
「……特殊部隊ってこんなに人数いたの?」
トキオは混乱のあまり半笑いになって呟いた。
そのとき。
防護服の人々が全員、いっせいにトキオの方を振り返った。
***
【真宵の解説編】
トキオさん、おそろしい経験をされて大変だったようですね。
宇宙人が攻撃を仕掛けて来るんなんて、想像しただけで震えが止まらなくなりそうです。
……僕の場合、恐怖に触れた喜びで震えてしまうのですが。
しかし、トキオさんも一時は意識を失うほどのケガを負っていたようですが、無事に回復されたのですね。
恐ろしい侵略者を撃退した、強い部隊に助けられて。
……おや、しかし、トキオさんが目を覚ました場所にいた人たちは、みな分厚い防護服に身を包んでいました。
トキオさんは、その内側にあるはずの彼らの姿を見ていないのです。
また、会話もモニターに映る文字でやりとりしていたとなると、彼らの話す言葉も聞いていません。
本当に、地球の人々は宇宙からの侵略者を撃退できたのでしょうか?
もしかして、トキオさん以外の地球人はもう全滅してしまっていて、侵略者たちが最後の一人となった地球人のトキオさんを観察しているところだったのではないでしょうか?
研究材料として、ね。
トキオさんがこれからどこへ行くのか分かりませんが、侵略者から逃げ切ることは難しいでしょう。
トキオが目を覚ますと、見慣れない真っ白な部屋の中にいた。
「ここは一体……? うっ、痛ぇっ……」
起きあがろうとした瞬間、体中に激痛が走った。
トキオはまたベッドに伏せって、痛みの波が過ぎるのを待つことにした。
「たしか……おれはあの時爆発に巻き込まれて……」
ケガのショックのせいか、記憶が途切れ途切れになっていて状況がうまく飲み込めない。
そうしている間に、部屋の外に人の気配があることに気がついた。
ちょうどトキオが背中を向けている方のかべだ。だから、様子をうかがうためにおそるおそる、寝返りをうつように体を反転させる。
ギシギシ骨がきしむのを感じながら顔の向きを変えると、真っ白な部屋だと思っていた四方の壁のうち一面は、ガラス張りになっていた。
その向こうに、何人かの人物が立っていて、時々ささやき合いながらトキオを観察するようにガラス越しにこちらをじっと見つめている。
「なんだアイツら」
トキオが眉をひそめた理由は、彼らの見た目にあった。
真っ白な部屋と揃えたような、真っ白な服を全員が着ていた。しかも、普通の洋服ではなくて、宇宙飛行士の宇宙服みたいにゴツゴツとしたおそろいの防護服を、つま先から頭まですっぽり被るように着ていて、中の人間の姿を完全に覆い隠してしまっているのだ。
彼らの方も、トキオが目を覚ましたことに気がついたのだろう。
防護服たちのウチの一人が、携帯タブレットに何かを打ち込んでいるのが見えた。
すると、トキオのいる部屋の天井から、大きなモニターが下りてきた。
モニターには、メッセージが打ち出されている。
『気分はどうですか?』
「どう、って言われても……そもそもここはどこだよ」
トキオが返事をすると、それが意外だったのか、ガラスの向こうがざわめいた。
また、何かを入力している。
『ここは、安全。戦争は終わり』
「戦争は終わり……って、そうだ! 戦争だよ! みんなどうなったんだ?!」
トキオは今度こそ飛び起きた。
そうだ、全て思い出した。こんなところでへばっている場合じゃない。
***
それは、あまりにも突然のことだった。
トキオ達が“それ”に出会ったのは、いつも通り学校で授業を受けて、放課後に校庭で友達とサッカーをして遊んでいた時だ。
ゴールキーパーをしていたソウちゃんが、突然「何だあれ!」と上空を指さした。
みんなも一斉にソウちゃんの視線の先を見た。
そこにあったのは、上空に浮かぶ巨大な円盤だった。
「ゆ……UFOだ!!」
その時はまだ、おどろきが半分、興奮が半分、くらいだった気がする。
その円盤が、レーザー銃でこちらを攻撃してくるまでは。
最初はただ浮かんでいただけの円盤の底から、ゆっくりと黒いストローみたいなものが四方八方に突き出して、なんだろうと眺めているうちに、その先端が光り始めたのだ。
そして、ピュン、という風を切る音がしたかと思った瞬間、トキオたちの背後に建っていたはずの校舎が大きな地響きをたてて崩れ落ちた。
「う、うわあっ!」
「逃げろっ!」
トキオたちは散り散りになって、校庭から飛び出し一目散に走った。
街の他の場所も攻撃されていて、その様子はひどいありさまだった。
UFOは目立つ大きな建物から順に攻撃しているのか、市役所や、学校や、スタジアムなどはすでにガレキと化していた。
家がある商店街の方に向かって走っているはずだけど、景色がずいぶん変わってしまっているのと、街に逃げまどう人々があふれていてろくに前も見えないので方向感覚が狂ってくる。
「くそっ、どいてくれ!」
精一杯叫んでみても、大人たちも逃げることに必死なので、背の小さいトキオのことを誰も気に留めない。
このままじゃ、ナゾの円盤に攻撃される前に人で押しつぶされて死んでしまう――そう思った時だった。
「トキオっ!」
大きなバイクがエンジン音を響かせながら、トキオの横まで駆けつけた。
このバイクなら、よく知っている。
「レイ兄ちゃんっ!」
同じ商店街の住民として近所に住むレイ兄ちゃんは、ほとんど兄弟みたいに育った。
バイクにも前からよく乗せてもらっているから、すぐに分かった。トキオはレイ兄ちゃんが投げたヘルメットを受け取ると素早くかぶり、バイクによじ登った。
「トキオ、逃げるぞ!」
「でも、どこへ?」
「とにかく遠くへ」
それだけ言うとアクセルを回し、バイクは勢いよく出発した。
レイ兄ちゃんは、大学にいた時に襲撃にあったらしい。
大学には優秀な人たちがいっぱいいたからか、トキオたちが見たものよりも詳しい情報を知っているようだった。
円盤には、宇宙の他の惑星からやってきた生命体が乗っているらしい。
「宇宙人ってこと?!」
「まあ、小学生にも分かる言い方をするなら、そうなるだろうな」
「なんで宇宙人がオレらを攻撃するんだよ」
「トキオ、今、地球って温暖化とか色々大変だって聞いたことあるか? 学校でやった?」
「うーん、なんとなく」
「たぶん、宇宙の外もそんな感じなんだよ。環境がどんどん変わってるらしい。それで、状況がまだマシな地球に目をつけたと」
レイ兄ちゃんはそう言って空を見上げた。
天気は良かったはずだが、巨大な円盤が太陽を隠してしまっているため周囲は影になってうす暗い。
いまトキオたちが攻撃されているのは、宇宙人が地球を乗っ取ろうとしている、ということか。
だけど……そんな勝手なこと、許されるはずがない。
「地球の人たちは反撃しないの?」
「大丈夫、今偉い大人達が依頼して特殊部隊が準備を進めている。みんなが協力すれば、宇宙との戦争だって負けないさ」
「宇宙との戦争か……」
バイクはフルスピードで道路を駆けた。
信号機や交通ルールもめちゃくちゃになっているので、ところどころで事故が起こっている。
救助の人が不足している場所もあった。
しばらく走ったところで、いくつもの車がぶつかり合って完全に道が塞がれてしまっていた。
「こりゃ進めないな」
「どうしよう……」
そのときだ。
レイ兄ちゃんがハッとして空を見上げた。彼の見た方へトキオも顔を向けると、円盤のレーザー銃が、ゆっくりとこちらに向かって動いているのが見えた。
銃の先端に光が集まる。
「危ないっ!」
隣にいたレイ兄ちゃんが、トキオに覆い被さった。
トキオの記憶はここまでだ。
***
そうか、そういうことだったのか。
トキオの頭の中で全てがつながった。
きっと、バイクのヘルメットのおかげで自分は一命を取り留めたのだ。そして、ケガで動けなくなった自分たちを、偉い人が派遣したという特殊部隊の人たちが助けてここまで運んでくれたんだろう。
トキオはガラスの向こうに向かって叫んだ。
「オレを、助けてくれたんですか? レイ兄ちゃんたちは、どこにいるんですか?!」
防護服たちは、また頭を寄せ合って何かを相談している。
そうして、またしばらくしてからモニターに文字が現れた。
『教えられない』
なんでだよ!
そう怒鳴ろうとしたのだが、体に力が入らないせいで、口から出たのは「そんな……なんでだよ……」という弱々しい声だった。
気づけばモニターには、次の文章が現れている。
『あなたを調べます』
「調べる?」
ケガの具合とか、記憶が飛んでる部分を調べるってことだろうか?
確かに体は痛いけれど、爆発の瞬間レイ兄ちゃんがかばってくれたのもあって、そんなに細かく検査するほどのダメージは負っていない気がする。
「必要ないですよ」
『……』
まさか断られると思っていなかったのか、返事に困っているのか、モニターにはそれ以上のメッセージは流れなかった。
「それにしても……」
トキオは一つ、疑問があった。
あの大げさな防護服は、何なのだろう?
戦争の最中なら必要だったかもしれないが、もう戦争は終わったと言っていた。
これではまるで、空気中に毒ガスをまかれたみたいな――
「まさかっ?!」
宇宙人がそんなことをやったのか?
いや待てよ……部屋を見渡すと、天井近くに換気用の小窓が開いている。もし毒ガスが流れているなら今のトキオだって無事なはずがない。
友達も、家族も、レイ兄ちゃんも、どこにいるんだろう。
会いたいよ。
「こういう時は……考えていたって仕方がないっ!」
トキオは全ての力を振りしぼって立ち上がり、部屋にある唯一のドアにむかって突進した。
いざ動き出してから、ドアにカギがかかっていたらどうしよう、あの特殊部隊の大人たちに取り押さえられたらどうしよう、と解決する当てもない不安がいくつか頭をよぎったが、予想外にもそのどちらも現実にはならなかった。
ドアにはカギがついていなかったし、トキオが脱出するなんて想定外だったのか、防護服たちはトキオが近づくとおどろいて尻込みするように下がってしまったのだ。
「そんなんで大丈夫かよ……」
トキオが心配することではないけど、一般人相手だからって油断し過ぎじゃないか?
……まあいい、トキオがやるべきことは、外にでてみんなの無事を確認することだ。
建物の外に出るまで、何人かの防護服と出会ったが、誰もトキオを止める人はいなかった。それどころか、トキオの姿を見ると逃げ出す人すらいた。
なんか、変な感じがする。
痛む足をひきずりながら、ついにトキオは外に到達した。
「よし、ここまで来れば……! って、なんだよこれ……」
外の景色は、すっかり変わり果てていた。
ひどい攻撃を受けて、建物はほとんど残っていない。
それに、景色が違って見える一番大きな理由はそこではなかった。
――街の人々が全員防護服を来ているのだ。
道を歩く人も、商店街で店を開く人も、辺りをパトロールしている警察官のような人も……
「……特殊部隊ってこんなに人数いたの?」
トキオは混乱のあまり半笑いになって呟いた。
そのとき。
防護服の人々が全員、いっせいにトキオの方を振り返った。
***
【真宵の解説編】
トキオさん、おそろしい経験をされて大変だったようですね。
宇宙人が攻撃を仕掛けて来るんなんて、想像しただけで震えが止まらなくなりそうです。
……僕の場合、恐怖に触れた喜びで震えてしまうのですが。
しかし、トキオさんも一時は意識を失うほどのケガを負っていたようですが、無事に回復されたのですね。
恐ろしい侵略者を撃退した、強い部隊に助けられて。
……おや、しかし、トキオさんが目を覚ました場所にいた人たちは、みな分厚い防護服に身を包んでいました。
トキオさんは、その内側にあるはずの彼らの姿を見ていないのです。
また、会話もモニターに映る文字でやりとりしていたとなると、彼らの話す言葉も聞いていません。
本当に、地球の人々は宇宙からの侵略者を撃退できたのでしょうか?
もしかして、トキオさん以外の地球人はもう全滅してしまっていて、侵略者たちが最後の一人となった地球人のトキオさんを観察しているところだったのではないでしょうか?
研究材料として、ね。
トキオさんがこれからどこへ行くのか分かりませんが、侵略者から逃げ切ることは難しいでしょう。