【運命】
キラリは最近変な夢をよく見る。
たとえば、こんな夢。
満月の夜、ゴウゴウと音を立てながら、きらりの家が激しく燃えていた。
『あぶないっ! 早く外へ出てっ!』
充満した煙で前も見えない中で、叫ぶママの声だけを頼りにキラリはなんとか家から逃げ出した。家の外には消防車やパトカーがどんどん集まってくる物音が聞こえる。
『キラリ! 無事で本当に良かった!』
『どうしてこんなことに……』
がっくりと肩を落とすキラリのパパを、ママが背中をさすって励ましている。
その様子を、キラリは感情のやり場も分からなくなったまま、ぼんやりと眺めることしかできなかった。
その時だ。
バン! と大きな音がして、屋根から大きな炎がまた吹き上がった。
集まっていた消防士や近所の野次馬たちはその音におどろいたのか、ザザッと音を立てるほどの勢いで、キラリたち家族から一歩下がった。
人が離れてぽっかりあいた空間に取り残されたまま、キラリはうつむいて、くちびるをかむ。
――私が、私が……あんな事をしなければ……!
***
ピピピピピピッ!
けたたましい目覚ましの音がキラリを現実へと引き戻した。
ベッドから起き上がったキラリは、まだ眠い目をこすりながらつぶやいた。
「また、変な夢を見た……」
最近の夢はなんだかおかしい。
今までは、夢を見たとしても、起きた瞬間にはほとんど意識の外へ飛んでいってしまって、どんな夢だったか覚えていることなんてほとんどなかった。「楽しい夢だった気がするのになあ」とか「あー心臓がドキドキしてる。怖い夢を見ていたのかも」とか、それくらいをおぼろげに感じるくらい。
だけど、最近の夢はなぜかはっきりと覚えているのだ。
今朝は、家が火事になる夢だった。
メリメリと崩れる柱の音も、顔に吹き付ける炎の熱さも、知らん顔して夜空に浮かぶ満月の美しさも、実際に経験したみたいにありありと思い出せる。
夢の中の火事は何が原因だったのか、そこまではその時の状況からはよく分からなかった。けれど、キラリの胸には「自分のせいで火事になった」という強い後悔が、転んだ後の傷口みたいにじくじくとうずいている。だから、きっと自分が何かやってしまったんじゃないかという気がする。
普段はポジティブなキラリも、変な夢が続くのがさすがにこわくなってきて、その日、一緒に登校しているマリカにそれとなく相談してみることにした。
「最近、やけにリアルな夢を見るんだよね……。それも事故にあうとか何かを失敗するとか、嫌な夢ばっかりでさ、参っちゃって」
「ストレスかしら? もうすぐ定期テストもあるし」
マリカは、小学生の頃からキラリの一番の友達だ。元気が取り柄なキラリとは正反対で、上品で浮世離れしたふんいきの女の子だけれど、なにか困ったことがあると一番物事を冷静に考えられるのは実は彼女だ。
だから、中学に上がってからも、キラリは心の底からマリカを頼りにしている。
「そうなのかなあ? 私、あんまり試験の結果とか気にしたことないけど」
「ふふ、それは確かにそうかもね。ストレスじゃないなら……あっ、もしかして」
マリカは何か思いついたように立ち止まったが、そのあとまた歩き出しながら「うーん、でもね……」と首をひねっている。
ひらめいた内容をキラリに伝えるか迷っているようだった。
「なになにっ?! 気になるよ!」
「……もしかしてだけど、それって『予知夢』じゃないかしら?」
「ヨチム?」
キラリは首をかしげた。アニメのキャラクターみたいな名前だなあ、なんて考えながら。
マリカはそんなキラリの心の中を読んだようにくすくすと笑った。
「うん、私も本で読んだだけなんだけどね。霊感とか、そういう特別な能力がある人は、これから起こる出来事を夢で見ることがあるらしいの。つまり、キラリの見る変な夢っていうのは、これからの運命を示しているんじゃないかしら」
「えーっ。じゃあ、ウチが火事になっちゃうってこと?」
「そこが問題よね……。でも、予知夢って言っても色々なパターンがあるみたい。未来をそのまま映すタイプもあれば、未来を示すキーワード的なものだけを伝るための夢の場合もあるって読んだことあるから」
「じゃあ、私はどうすればいい? 家が燃えちゃったらイヤだよ」
「まずは、変な夢を見たら、記録をつけてみるのはどう? ちゃんと準備していれば、予知夢と同じ状況になった時に対策が打てるかもしれないでしょ」
「たしかに! それいいね、今日からノートに夢の内容メモしてみるよ!」
キラリはさっそく、新しいノートの表紙に「夢ノート」とタイトルをつけ、毎朝その日に見た夢の内容を記録していくことにした。
***
夢ノートの内容はこんな感じだ。
『二月二日、委員会の当番を忘れる夢。数学の宿題にかかりっきりになっていて、図書委員のカウンター当番があったのをすっかり忘れていた。カレンダーにも、スマホにも、予定を書き込んでおくのを忘れたせいだ。(現実にしないために、その日の予定は毎日確認すること!)』
『二月七日、じゃんけんに負け続ける夢。グループ課題の発表者を決めるじゃんけんに負け、職員室にノートを運ぶ人を決めるじゃんけんに負け、放課後、自販機ジュースのおごり勝負じゃんけんにも負けた』
『二月十日、抜き打ちテストの夢。全然予想してなかったタイミングで、英語の単語テストが始まった。予習も復習もしてなかったから、当然結果は惨敗。クラスで最下位の点数を取って、放課後補習になってしまった(今日は復習をすること!)』
『二月十二日、告白に失敗する夢。バレンタインの日、あこがれていたサッカー部の先輩に告白するつもりだった。かわいくラッピングした手作りのチョコを渡そうとタイミングをうかがっていたら、先輩が友達同士で「仲良くない人の手作りってちょっとこわいよな」なんて話してるのを聞いてしまった。そんなの聞いちゃったら告白どころか、もうチョコなんか渡せなくなってしまった』
***
今日の夢を記録したキラリの顔は、すっかり青ざめていた。
「明日のバレンタイン、どうしよう……!」
明日はバタンタインデー。恋する女子にとっては、一年に一度の絶好のチャンスの日。
キラリの中学では、校則ではお菓子の持ち込みは禁止となっているが、バレンタインデーだけは先生たちも見て見ぬふりをしてくれる。
だから、キラリも明日のためにチョコを手作りしようと考えていた。
なのにこんな夢を見てしまうなんて。
その日の昼休み、キラリはマリカに泣きついた。
「ねえマリカ、どうしよう! 手作りじゃなくてお店で買わないと!」
「なになに、そんな慌てて。どうしたのよ」
「バレンタインの予知夢を見ちゃったの! 先輩が『手作りチョコは苦手』って言ってた!」
「落ち着いてキラリ。前に言ってた変な夢って、やっぱり予知夢だったの? 現実になってた?」
昼休みの学校の中庭には、いつものように生徒たちのおしゃべりで満たされている。そんなにぎやかな空気の中で、マリカのその言葉に、キラリだけが一時停止ボタンを押されたかのように動きを止めた。
「現実に……なってないかも」
これまで夢の内容を書き留めるのに必死で、現実の方まで考えが回っていなかったけれど、よく考えてみればそうだ。火事の夢を見た翌日も、別に家はなんともなかった。じゃんけんがめちゃくちゃ弱くなってしまった夢を見た次の日は、そもそもじゃんけんをする機会すらなかった。
「言われてみれば、ただ不吉な夢ってだけで、現実とは関係ない……?」
「何事もすぐに決めつけるのは良くないけれど、これまで一つも現実になっていないのなら、夢がそのまま現実になるタイプではないのかもしれないわ」
「なんだ! そっかー、良かった!」
そうと分かると、ずっと頭の中をぐるぐると渦巻いて占領していた悩みが、荷物をおろしたようにスッと楽になった。
そのとたんに、マリカとのおしゃべりがぐんと楽しくなる。
「マリカ、ありがとう。私、夢の記録を始めた最初の目的をすっかり忘れるところだった! そうだよね、ここまで何も起こらなかったんだもん。じゃあさ、次の相談乗ってくれない? 明日のバレンタイン、手作りチョコを作るんだけどさあ……」
キラリはおしゃべりに夢中になって、明日告白をする作戦ををマリカに相談したり、可愛い髪型の練習に付き合ってもらったりした。
……昼休みの図書室のカウンター当番に当たっていたこともすっかり忘れて。
「あっいたいた! おーい、こらー図書委員ー!」
「えっ、あぁっ! そうだ、忘れてた!」
だから、校舎の方から聞こえた担任が図書委員を探す声で、ようやくその事を思い出したキラリは、大慌てでマリカに事情を説明し、カウンター当番へ走るはめになったのだった。
***
それからの一日は散々だった。
図書室のカウンター当番に遅刻したおわびに、本棚の整理を手伝っていたら、午後の英語の授業で英単語のテストが予告されていたのをすっかり忘れていて、何も準備できずに挑むことになった。
当然、結果はボロボロ。
「でもまあ、そういう日もあるよね」
今日のキラリはそんなことでヘコんではいられない。
学校がおわって帰宅したら、次は早速バレンタインのチョコ作りだ。
チョコを溶かして、生クリームやフレーバーを混ぜて型に流し、可愛くトッピングすれば完成! ……という簡単なレシピのはずだったけれど、材料のチョコはボウルに張ったお湯ではなかなか溶けなくてガスコンロに鍋を置いてそこで溶かすことになったり、トッピングをうっかり床にぶちまけたり。
なかなか思い通りには行かなくて四苦八苦しながらも、キラリは夜中までかかって、なんとか手作りチョコを完成させた。
作る過程はドタバタになってしまったものの、完成品を並べてみると、なかなか良い出来栄えに見えた。
こればかりはキラリも慎重になって、いくつか味見もした。味も問題なし。
厳選に厳選を重ねたラッピング材にていねいに包んで、明日のバレンタインで告白する準備ができた。
「明日はついにバレンタインかー! キンチョーする! でも楽しみ」
大切なチョコをバッグに入れて、キラリはウキウキした気持ちをおさえきれず、落ち着かないままベッドに入った。
興奮して眠れないかとも思ったけれど、慣れないお菓子作りに疲れていたのか、案外すぐに眠ってしまった。
キラリが寝息を立てている頃、空には、きれいな満月が輝いていた。
***
【真宵の解説編】
予知夢、という言葉を知ったキラリさんですが、色々考えた結果、彼女がよく見る変な夢は予知夢ではない、と結論づけたようです。
しかし、本当にそれで大丈夫でしょうか?
「予知夢は未来を見ている」と友人のマリカさんは言っていましたが、決して「すぐ近くの未来」という言い方はしませんでした。
実は、予知夢は、何日も経ってからその日を迎えることだってあるのです。
それを知っていたらどうでしょう?
抜き打ちテストや、委員会の当番など、気になる出来事がいくつかありますね。
ところで、最後にキラリさんはバレンタインのお菓子を作って眠ったようですが、外にはキレイな満月が出ているようです。
満月の夜、と聞くと、なんだか大切な事を忘れているような気がします。
キラリさんがマリカさんに予知夢のことを教えてもらった日、どんな夢を見ていたんでしたっけ?
そういえば、キラリさん、チョコレートを溶かした時のガスコンロ、ちゃんと消しましたか?
キラリは最近変な夢をよく見る。
たとえば、こんな夢。
満月の夜、ゴウゴウと音を立てながら、きらりの家が激しく燃えていた。
『あぶないっ! 早く外へ出てっ!』
充満した煙で前も見えない中で、叫ぶママの声だけを頼りにキラリはなんとか家から逃げ出した。家の外には消防車やパトカーがどんどん集まってくる物音が聞こえる。
『キラリ! 無事で本当に良かった!』
『どうしてこんなことに……』
がっくりと肩を落とすキラリのパパを、ママが背中をさすって励ましている。
その様子を、キラリは感情のやり場も分からなくなったまま、ぼんやりと眺めることしかできなかった。
その時だ。
バン! と大きな音がして、屋根から大きな炎がまた吹き上がった。
集まっていた消防士や近所の野次馬たちはその音におどろいたのか、ザザッと音を立てるほどの勢いで、キラリたち家族から一歩下がった。
人が離れてぽっかりあいた空間に取り残されたまま、キラリはうつむいて、くちびるをかむ。
――私が、私が……あんな事をしなければ……!
***
ピピピピピピッ!
けたたましい目覚ましの音がキラリを現実へと引き戻した。
ベッドから起き上がったキラリは、まだ眠い目をこすりながらつぶやいた。
「また、変な夢を見た……」
最近の夢はなんだかおかしい。
今までは、夢を見たとしても、起きた瞬間にはほとんど意識の外へ飛んでいってしまって、どんな夢だったか覚えていることなんてほとんどなかった。「楽しい夢だった気がするのになあ」とか「あー心臓がドキドキしてる。怖い夢を見ていたのかも」とか、それくらいをおぼろげに感じるくらい。
だけど、最近の夢はなぜかはっきりと覚えているのだ。
今朝は、家が火事になる夢だった。
メリメリと崩れる柱の音も、顔に吹き付ける炎の熱さも、知らん顔して夜空に浮かぶ満月の美しさも、実際に経験したみたいにありありと思い出せる。
夢の中の火事は何が原因だったのか、そこまではその時の状況からはよく分からなかった。けれど、キラリの胸には「自分のせいで火事になった」という強い後悔が、転んだ後の傷口みたいにじくじくとうずいている。だから、きっと自分が何かやってしまったんじゃないかという気がする。
普段はポジティブなキラリも、変な夢が続くのがさすがにこわくなってきて、その日、一緒に登校しているマリカにそれとなく相談してみることにした。
「最近、やけにリアルな夢を見るんだよね……。それも事故にあうとか何かを失敗するとか、嫌な夢ばっかりでさ、参っちゃって」
「ストレスかしら? もうすぐ定期テストもあるし」
マリカは、小学生の頃からキラリの一番の友達だ。元気が取り柄なキラリとは正反対で、上品で浮世離れしたふんいきの女の子だけれど、なにか困ったことがあると一番物事を冷静に考えられるのは実は彼女だ。
だから、中学に上がってからも、キラリは心の底からマリカを頼りにしている。
「そうなのかなあ? 私、あんまり試験の結果とか気にしたことないけど」
「ふふ、それは確かにそうかもね。ストレスじゃないなら……あっ、もしかして」
マリカは何か思いついたように立ち止まったが、そのあとまた歩き出しながら「うーん、でもね……」と首をひねっている。
ひらめいた内容をキラリに伝えるか迷っているようだった。
「なになにっ?! 気になるよ!」
「……もしかしてだけど、それって『予知夢』じゃないかしら?」
「ヨチム?」
キラリは首をかしげた。アニメのキャラクターみたいな名前だなあ、なんて考えながら。
マリカはそんなキラリの心の中を読んだようにくすくすと笑った。
「うん、私も本で読んだだけなんだけどね。霊感とか、そういう特別な能力がある人は、これから起こる出来事を夢で見ることがあるらしいの。つまり、キラリの見る変な夢っていうのは、これからの運命を示しているんじゃないかしら」
「えーっ。じゃあ、ウチが火事になっちゃうってこと?」
「そこが問題よね……。でも、予知夢って言っても色々なパターンがあるみたい。未来をそのまま映すタイプもあれば、未来を示すキーワード的なものだけを伝るための夢の場合もあるって読んだことあるから」
「じゃあ、私はどうすればいい? 家が燃えちゃったらイヤだよ」
「まずは、変な夢を見たら、記録をつけてみるのはどう? ちゃんと準備していれば、予知夢と同じ状況になった時に対策が打てるかもしれないでしょ」
「たしかに! それいいね、今日からノートに夢の内容メモしてみるよ!」
キラリはさっそく、新しいノートの表紙に「夢ノート」とタイトルをつけ、毎朝その日に見た夢の内容を記録していくことにした。
***
夢ノートの内容はこんな感じだ。
『二月二日、委員会の当番を忘れる夢。数学の宿題にかかりっきりになっていて、図書委員のカウンター当番があったのをすっかり忘れていた。カレンダーにも、スマホにも、予定を書き込んでおくのを忘れたせいだ。(現実にしないために、その日の予定は毎日確認すること!)』
『二月七日、じゃんけんに負け続ける夢。グループ課題の発表者を決めるじゃんけんに負け、職員室にノートを運ぶ人を決めるじゃんけんに負け、放課後、自販機ジュースのおごり勝負じゃんけんにも負けた』
『二月十日、抜き打ちテストの夢。全然予想してなかったタイミングで、英語の単語テストが始まった。予習も復習もしてなかったから、当然結果は惨敗。クラスで最下位の点数を取って、放課後補習になってしまった(今日は復習をすること!)』
『二月十二日、告白に失敗する夢。バレンタインの日、あこがれていたサッカー部の先輩に告白するつもりだった。かわいくラッピングした手作りのチョコを渡そうとタイミングをうかがっていたら、先輩が友達同士で「仲良くない人の手作りってちょっとこわいよな」なんて話してるのを聞いてしまった。そんなの聞いちゃったら告白どころか、もうチョコなんか渡せなくなってしまった』
***
今日の夢を記録したキラリの顔は、すっかり青ざめていた。
「明日のバレンタイン、どうしよう……!」
明日はバタンタインデー。恋する女子にとっては、一年に一度の絶好のチャンスの日。
キラリの中学では、校則ではお菓子の持ち込みは禁止となっているが、バレンタインデーだけは先生たちも見て見ぬふりをしてくれる。
だから、キラリも明日のためにチョコを手作りしようと考えていた。
なのにこんな夢を見てしまうなんて。
その日の昼休み、キラリはマリカに泣きついた。
「ねえマリカ、どうしよう! 手作りじゃなくてお店で買わないと!」
「なになに、そんな慌てて。どうしたのよ」
「バレンタインの予知夢を見ちゃったの! 先輩が『手作りチョコは苦手』って言ってた!」
「落ち着いてキラリ。前に言ってた変な夢って、やっぱり予知夢だったの? 現実になってた?」
昼休みの学校の中庭には、いつものように生徒たちのおしゃべりで満たされている。そんなにぎやかな空気の中で、マリカのその言葉に、キラリだけが一時停止ボタンを押されたかのように動きを止めた。
「現実に……なってないかも」
これまで夢の内容を書き留めるのに必死で、現実の方まで考えが回っていなかったけれど、よく考えてみればそうだ。火事の夢を見た翌日も、別に家はなんともなかった。じゃんけんがめちゃくちゃ弱くなってしまった夢を見た次の日は、そもそもじゃんけんをする機会すらなかった。
「言われてみれば、ただ不吉な夢ってだけで、現実とは関係ない……?」
「何事もすぐに決めつけるのは良くないけれど、これまで一つも現実になっていないのなら、夢がそのまま現実になるタイプではないのかもしれないわ」
「なんだ! そっかー、良かった!」
そうと分かると、ずっと頭の中をぐるぐると渦巻いて占領していた悩みが、荷物をおろしたようにスッと楽になった。
そのとたんに、マリカとのおしゃべりがぐんと楽しくなる。
「マリカ、ありがとう。私、夢の記録を始めた最初の目的をすっかり忘れるところだった! そうだよね、ここまで何も起こらなかったんだもん。じゃあさ、次の相談乗ってくれない? 明日のバレンタイン、手作りチョコを作るんだけどさあ……」
キラリはおしゃべりに夢中になって、明日告白をする作戦ををマリカに相談したり、可愛い髪型の練習に付き合ってもらったりした。
……昼休みの図書室のカウンター当番に当たっていたこともすっかり忘れて。
「あっいたいた! おーい、こらー図書委員ー!」
「えっ、あぁっ! そうだ、忘れてた!」
だから、校舎の方から聞こえた担任が図書委員を探す声で、ようやくその事を思い出したキラリは、大慌てでマリカに事情を説明し、カウンター当番へ走るはめになったのだった。
***
それからの一日は散々だった。
図書室のカウンター当番に遅刻したおわびに、本棚の整理を手伝っていたら、午後の英語の授業で英単語のテストが予告されていたのをすっかり忘れていて、何も準備できずに挑むことになった。
当然、結果はボロボロ。
「でもまあ、そういう日もあるよね」
今日のキラリはそんなことでヘコんではいられない。
学校がおわって帰宅したら、次は早速バレンタインのチョコ作りだ。
チョコを溶かして、生クリームやフレーバーを混ぜて型に流し、可愛くトッピングすれば完成! ……という簡単なレシピのはずだったけれど、材料のチョコはボウルに張ったお湯ではなかなか溶けなくてガスコンロに鍋を置いてそこで溶かすことになったり、トッピングをうっかり床にぶちまけたり。
なかなか思い通りには行かなくて四苦八苦しながらも、キラリは夜中までかかって、なんとか手作りチョコを完成させた。
作る過程はドタバタになってしまったものの、完成品を並べてみると、なかなか良い出来栄えに見えた。
こればかりはキラリも慎重になって、いくつか味見もした。味も問題なし。
厳選に厳選を重ねたラッピング材にていねいに包んで、明日のバレンタインで告白する準備ができた。
「明日はついにバレンタインかー! キンチョーする! でも楽しみ」
大切なチョコをバッグに入れて、キラリはウキウキした気持ちをおさえきれず、落ち着かないままベッドに入った。
興奮して眠れないかとも思ったけれど、慣れないお菓子作りに疲れていたのか、案外すぐに眠ってしまった。
キラリが寝息を立てている頃、空には、きれいな満月が輝いていた。
***
【真宵の解説編】
予知夢、という言葉を知ったキラリさんですが、色々考えた結果、彼女がよく見る変な夢は予知夢ではない、と結論づけたようです。
しかし、本当にそれで大丈夫でしょうか?
「予知夢は未来を見ている」と友人のマリカさんは言っていましたが、決して「すぐ近くの未来」という言い方はしませんでした。
実は、予知夢は、何日も経ってからその日を迎えることだってあるのです。
それを知っていたらどうでしょう?
抜き打ちテストや、委員会の当番など、気になる出来事がいくつかありますね。
ところで、最後にキラリさんはバレンタインのお菓子を作って眠ったようですが、外にはキレイな満月が出ているようです。
満月の夜、と聞くと、なんだか大切な事を忘れているような気がします。
キラリさんがマリカさんに予知夢のことを教えてもらった日、どんな夢を見ていたんでしたっけ?
そういえば、キラリさん、チョコレートを溶かした時のガスコンロ、ちゃんと消しましたか?