【乙女の祈り】
「はあ……ほんと、ついてない」
リコはため息をつきながら学校からの帰り道を歩いていた。
探し物をしていたせいで、すっかり遅くなってしまった。空はもう夕焼けを通り過ぎてうす暗くなり始めている。
「どこにいっちゃったんだろうなあ、私の消しゴム……」
今日のリコは本当に不運ばかりだった。
昨日苦労して終わらせた宿題を家に忘れてしまったり、友達としゃべりながら歩いていたら水たまりに足をつっこんでしまったり。
その中でも一番ショックなのは、消しゴムをなくしてしまったことだ。
リコがこれほどショックを受けているのには理由がある。なくしてしまったのが、ただの消しゴムじゃなくて、特別な消しゴムだったからだ。
リコは、一番の仲良しのサアヤが教えてくれたおまじないを試していたところだったのだ。
――新品の消しゴムに好きな人の名前を書いて、それを最後まで使い切ったら恋が実るんだって!
その時サアヤには「ふーん」と気のない返事をしてみせたリコだったが、その日の夜、新品の消しゴムに同じクラスの瀬尾くんの名前をこっそり書いたのだった。
「移動教室の時に落としたのかなあ。誰かに見つかってたらどうしよう……」
ぐるぐると考えても解決策があるわけでもなく、何度目かも分からないため息をついたその時だった。
「もしもし、そこのお嬢さん」
「えっ……私?」
突然、後ろからおばあさんに話しかけられた。
この辺りの住宅地は昔からあるおうちが多いから、夕方にはよくお年寄りの人が散歩をしている。
この腰の曲がったおばあさんも、そんな人たちのうちの一人なのだと思う。
普段はこんな時間にここを通らないから、あくまでもリコの予想だけれど……。
「そうだよ可愛いお嬢さん。そんなため息ばかりついてどうしたんだい。学校でいじめられてるのかい?」
「いやいや、違います! そんなんじゃなくて……今日学校で上手くいかないことが続いちゃって、それでちょっと落ち込んでたんです」
「おやまあ、そうかい」
おばあさんは、なんならリコよりもショックを受けたような悲しそうな顔で、うんうんと小さくいくつかうなずいた。
それから「そうだ、お嬢さんの元気が出るようにいい物をあげよう」と手に持った小さな巾着バッグの中をのぞき込んでごそごそとかき回しはじめた。
あまりにもその動きがゆっくりなのでリコは応援するような気持ちでおばあさんの手元を見つめてしまう。
そしてついに、おばあさんの手は目的のものを探し当てたようだ。
「ああ、あったあった。これだ」
「わあ、かわいい!」
おばあさんが取り出したのは赤いハート型のストーンがはまったペンダントだった。
真ん中のストーンが、キラキラと光を反射してきらめいている。
「これはね、ただのペンダントじゃない。乙女の祈りを叶える魔法のペンダントだ」
「えー魔法のペンダント? 本当に?」
「もちろんだよ」
おばあさんは大真面目にうなずいたけれど、小学生のリコだってそんなものはありえないと分かっている。
それでも、自分を元気づけてくれようとしているのは分かったので、その気持ちはありがたく受け取ろうと思った。
それに、もし、万が一、可能性のひとつとして……本当に願いが叶うなら、なくした消しゴムなんて帳消しにできるくらいのものを手に入れたことになる。
おばあさんがゆっくりとペンダントを差し出したので、リコはそれを両手で包み込むように受け取った。
「私、魔法が使えたら、それってとても素敵なことだと思う」
「そうだろう、そうだろう。このペンダントを強くにぎって、念じるんだ。そうすれば願いがかなう……」
「わかった、どうもありがとう!」
リコはそう言って家に帰る道を駆け出した。
何をするのもゆっくりのおばあさんがまだ話している途中なのにも気づかずに。
「……だけど気をつけなくちゃいけない事がひとつ。って、あれ……いないねえ……」
おばあさんが見上げた空には、星が光り始めていた。
***
家に帰ったリコは、とりあえずペンダントの魔法を試してみることにした。
「たしか、強くにぎって、願いを念じるんだよね……」
だけど、何の願いにしよう?
そう一瞬悩んだリコだったが、手つかずの宿題のことを思い出し、まずはそれをお願いすることにした。
「今日は帰りが遅くなっちゃったから、時間もないし……よし、『宿題をやらずにすみますように!』」
――だけど、何が起こるわけでもない。
突然ハートの石が光るとか、リコが魔女っ子の衣装に変身するとか、そんなアニメみたいな特別なことも起こらない。
勝手にえんぴつが動き出して算数の問題をスラスラといてくれる……なんてことも当然ない。
変わったことは、ペンダントを強くにぎった手のひらが少し痛くなったくらいだ。
「まあ、そりゃそうだよね」
人生、そう簡単にはいかないか。
……やっぱり宿題は自分でやろう。
晩ご飯の後、夜遅くまで宿題と戦うハメになったリコなのだった。
翌朝、寝不足の目をこすりながら登校すると、教室がなんだかザワザワと落ち着きのない様子だった。
すみの方で固まって何かをささやき合っている集団の中にサアヤを見つけて、リコは声を掛けた。
「おはよう。どうしたの?」
「ああ、リコ! 見てよこれ」
「どれ? ……って、うわあ!」
サアヤが指すまま、黒板へ視線を移したリコは、思わず大声を出してしまった。
黒板には、気味の悪い文字がぎっしりと書き込まれていたのだ。まるで誰かが感情にまかせてなぐり書きしたみたいに。
『呪』
『ゆるさない』
『死』
『うらんでやる』
『にげるな』
「なにこれ……」
「ね、気持ち悪いでしょ。誰かのイタズラにしたって、シュミ悪すぎ」
その時、リコのすぐ近くのドアがばん! と音を大きな立てて開いた。
「おい! 他の教室見てきたけど、全部同じだったぜ!」
「わ、瀬尾くんっ……」
現れた瀬尾くんは、全ての教室を走って見回ったのか、息を切らしていた。
そんな瀬尾くんもかっこいい……じゃなかった。
「なんかこわいよね、これ。先生に言った方がいいかも」
「そうだな! 俺、ちょっと職員室行ってくる」
そう言って瀬尾くんは、また教室に背を向けて廊下を駆け出していった。
「瀬尾くんって、頼りになるよね……」
「あれえ、どうしたのリコったら。そんなウットリ見とれちゃってー」
サアヤがひじでリコをつんつんとつついたので、リコはハッとして、
「そんなことより、この気持ち悪い落書き消しちゃお!」
と取りつくろうはめになった。
結局、黒板の落書きは「不審者が現れたかもしれない」と先生たちが判断したので、学校は急きょお休みになった。
帰り道、みんなでわいわい歩きながら、リコは「そういえば、寝る時間を遅らせてまで仕上げた宿題、今日は結局出さずじまいだったな」と思った。
家に帰るとリコは、自分の部屋のベッドにダイブして、今日あったことを思い返していた。
「あの落書きなんだったんだろう……それにしても……」
瀬尾くん、カッコよかったなあ。
今日は少し言葉を交わせたけれど、普段はリコと瀬尾くんはお喋りしたり一緒に何かするようなことはほとんどない。
瀬尾くんからみたリコは、どんな風に映っているのか……。そもそも、人気者の瀬尾くんだったらリコなんか視界にも入っていない可能性もある。
「消しゴムのおまじないが効けば仲良くなれたかもしれないのになあ。……って、そうだ、アレがあった!」
ガバリと飛び起きた。
おまじないの代わりに、試してみるべき『アレ』があった!
リコは机の引き出しにしまっていた魔法のペンダントを取り出して、ギュッとにぎった。
「『瀬尾くんが振り向いてくれますように!』」
この時、リコには予想できるはずもなかった。
まさか、あんなことになるなんて。
***
事件は体育の授業で起こった。
今日の授業は五十メートル走だった。
二人ずつ、全速力で五十メートルを走ってそのタイムを計るのだ。
リコと一緒に走ることになったのは、あまり話したことのない河合さんだ。
スタートラインについた時、ちょっとだけ、リコはほっとしていた。
リコはあまり運動が得意な方ではない。だけど、一緒に走る人に引きはなされて置いていかれるのは悪目立ちしそうで嫌だなあ、と思っていた。
その点、河合さんはリコと同じくらいの運動神経の持ち主だから、ゴールもだいたい同じくらいになりそうだ。
先生の「いちについて、よーい!」の号令で二人でゴールを睨む。
ピッ! というするどいホイッスルの音と共に、リコはかけ出した。
最初は順調だった。
河合さんに少しおくれる形でリコも必死で足を動かす。あとちょっとでゴールというとき――
「あっ」
足がもつれてバランスがくずれた。
転ぶ! と思った瞬間、リコはとっさに、目の前の河合さんの服をつかんでしまった。
「きゃあっ」
「わあっ!」
どしんっ。
二人でもつれるように転んで、タイムはそろって「記録なし」。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。河合さんほんとゴメン」
「いいよいいよー」
先生がリコたちにかけよって、そんなやりとりをしてるその時だった。
後ろから、冷たい声が聞こえたのだ。
「お前さあ……」
瀬尾くんだった。体育係の瀬尾くんは、先生の手伝いでタイムの記録を任されていて、ゴール付近に立てた臨時の作業台の方にいたけれど、このトラブルで様子を見にきたらしい。
「自分が負けそうだからって、相手も巻き込むのはヒキョウなんじゃねえの?」
瀬尾くんの目は、氷のように冷たかった。
「ち、違う。そんなつもりじゃ……」
「はっ、どうだか」
何を言っても信じてもらえそうにない。
リコは目の前が真っ暗になったような気がした。
***
それから、どうやって一日を過ごしたのか、いつ家に帰りついたのか、リコは覚えていない。
あの瀬尾くんの冷めた目を、リコは忘れることはないだろう。
魔法のペンダントにお祈りした次の日にこんなことになるなんて、皮肉にもほどがある。
だけど……ペンダントを責めても仕方がない、よね。
「明日ちゃんと、瀬尾くんに誤解だって伝えよう」
きっと、ちゃんと話せばわかってくれる。
魔法とか、おまじないとかに頼るんじゃなくて、自分の力で挑戦してみよう。
きっと、最近の自分はどうかしてたんだ。おまじないや魔法に頼って、結局空回りして失敗したり。
これからは、ちゃんと自分の力で乗り越えていこう。
リコは引き出しからあのペンダントを取り出した。
乙女の祈りを叶える魔法……か。
天井の照明を受けて、変わらずキラキラと輝くそれを、リコはギュッとにぎりしめた。
「『これまでのことは、ぜーんぶなかったことにしてください』……なんちゃって」
叶う必要なんかない、魔法なんてありえないからこそ、がんばる意味があるんだ。
勉強も、運動も、恋だって。
リコはペンダントを首から下げて、鏡に映る自分を見た。
うん、可愛い。
だって、ペンダントって、飾りとして楽しむものだもんね。
***
【真宵の解説編】
リコさんがおばあさんにもらったペンダントは、魔法のアイテムではなくやはりただのアクセサリーだったのでしょうか?
よく思い出してください。
リコさんが「宿題をやらずに済む」ことを願った次の日、学校でイタズラの騒ぎがあり、リコさんは宿題を出すタイミングを失ったのでしたね。
次に「瀬尾君に振り向いてもらいたい」と願った時は、瀬尾君に冷たい目で見られるという運命を背負ってしまいました。
これって、ある意味、願いが叶っていると思いませんか?
宿題も出さなくて良くなったし、瀬尾君はリコさんに注目することになったのですから。
そういえば、リコさんには聞こえていませんでしたが、ペンダントをくれたおばあさんは他にも何か言いかけていたようでしたね。
あれは「願いを叶える方法まできちんと決めること」という注意をしたかったのです。
そうしないと、ペンダントは望まない方法で、願いを叶えてしまうかもしれないのです。
そういえば……
リコさん、せっかく前向きにがんばろうと決意をされたところですが、最後になにかとんでもないお願いをしていた気がしますね……
さて、この後、どうなることやら。
「はあ……ほんと、ついてない」
リコはため息をつきながら学校からの帰り道を歩いていた。
探し物をしていたせいで、すっかり遅くなってしまった。空はもう夕焼けを通り過ぎてうす暗くなり始めている。
「どこにいっちゃったんだろうなあ、私の消しゴム……」
今日のリコは本当に不運ばかりだった。
昨日苦労して終わらせた宿題を家に忘れてしまったり、友達としゃべりながら歩いていたら水たまりに足をつっこんでしまったり。
その中でも一番ショックなのは、消しゴムをなくしてしまったことだ。
リコがこれほどショックを受けているのには理由がある。なくしてしまったのが、ただの消しゴムじゃなくて、特別な消しゴムだったからだ。
リコは、一番の仲良しのサアヤが教えてくれたおまじないを試していたところだったのだ。
――新品の消しゴムに好きな人の名前を書いて、それを最後まで使い切ったら恋が実るんだって!
その時サアヤには「ふーん」と気のない返事をしてみせたリコだったが、その日の夜、新品の消しゴムに同じクラスの瀬尾くんの名前をこっそり書いたのだった。
「移動教室の時に落としたのかなあ。誰かに見つかってたらどうしよう……」
ぐるぐると考えても解決策があるわけでもなく、何度目かも分からないため息をついたその時だった。
「もしもし、そこのお嬢さん」
「えっ……私?」
突然、後ろからおばあさんに話しかけられた。
この辺りの住宅地は昔からあるおうちが多いから、夕方にはよくお年寄りの人が散歩をしている。
この腰の曲がったおばあさんも、そんな人たちのうちの一人なのだと思う。
普段はこんな時間にここを通らないから、あくまでもリコの予想だけれど……。
「そうだよ可愛いお嬢さん。そんなため息ばかりついてどうしたんだい。学校でいじめられてるのかい?」
「いやいや、違います! そんなんじゃなくて……今日学校で上手くいかないことが続いちゃって、それでちょっと落ち込んでたんです」
「おやまあ、そうかい」
おばあさんは、なんならリコよりもショックを受けたような悲しそうな顔で、うんうんと小さくいくつかうなずいた。
それから「そうだ、お嬢さんの元気が出るようにいい物をあげよう」と手に持った小さな巾着バッグの中をのぞき込んでごそごそとかき回しはじめた。
あまりにもその動きがゆっくりなのでリコは応援するような気持ちでおばあさんの手元を見つめてしまう。
そしてついに、おばあさんの手は目的のものを探し当てたようだ。
「ああ、あったあった。これだ」
「わあ、かわいい!」
おばあさんが取り出したのは赤いハート型のストーンがはまったペンダントだった。
真ん中のストーンが、キラキラと光を反射してきらめいている。
「これはね、ただのペンダントじゃない。乙女の祈りを叶える魔法のペンダントだ」
「えー魔法のペンダント? 本当に?」
「もちろんだよ」
おばあさんは大真面目にうなずいたけれど、小学生のリコだってそんなものはありえないと分かっている。
それでも、自分を元気づけてくれようとしているのは分かったので、その気持ちはありがたく受け取ろうと思った。
それに、もし、万が一、可能性のひとつとして……本当に願いが叶うなら、なくした消しゴムなんて帳消しにできるくらいのものを手に入れたことになる。
おばあさんがゆっくりとペンダントを差し出したので、リコはそれを両手で包み込むように受け取った。
「私、魔法が使えたら、それってとても素敵なことだと思う」
「そうだろう、そうだろう。このペンダントを強くにぎって、念じるんだ。そうすれば願いがかなう……」
「わかった、どうもありがとう!」
リコはそう言って家に帰る道を駆け出した。
何をするのもゆっくりのおばあさんがまだ話している途中なのにも気づかずに。
「……だけど気をつけなくちゃいけない事がひとつ。って、あれ……いないねえ……」
おばあさんが見上げた空には、星が光り始めていた。
***
家に帰ったリコは、とりあえずペンダントの魔法を試してみることにした。
「たしか、強くにぎって、願いを念じるんだよね……」
だけど、何の願いにしよう?
そう一瞬悩んだリコだったが、手つかずの宿題のことを思い出し、まずはそれをお願いすることにした。
「今日は帰りが遅くなっちゃったから、時間もないし……よし、『宿題をやらずにすみますように!』」
――だけど、何が起こるわけでもない。
突然ハートの石が光るとか、リコが魔女っ子の衣装に変身するとか、そんなアニメみたいな特別なことも起こらない。
勝手にえんぴつが動き出して算数の問題をスラスラといてくれる……なんてことも当然ない。
変わったことは、ペンダントを強くにぎった手のひらが少し痛くなったくらいだ。
「まあ、そりゃそうだよね」
人生、そう簡単にはいかないか。
……やっぱり宿題は自分でやろう。
晩ご飯の後、夜遅くまで宿題と戦うハメになったリコなのだった。
翌朝、寝不足の目をこすりながら登校すると、教室がなんだかザワザワと落ち着きのない様子だった。
すみの方で固まって何かをささやき合っている集団の中にサアヤを見つけて、リコは声を掛けた。
「おはよう。どうしたの?」
「ああ、リコ! 見てよこれ」
「どれ? ……って、うわあ!」
サアヤが指すまま、黒板へ視線を移したリコは、思わず大声を出してしまった。
黒板には、気味の悪い文字がぎっしりと書き込まれていたのだ。まるで誰かが感情にまかせてなぐり書きしたみたいに。
『呪』
『ゆるさない』
『死』
『うらんでやる』
『にげるな』
「なにこれ……」
「ね、気持ち悪いでしょ。誰かのイタズラにしたって、シュミ悪すぎ」
その時、リコのすぐ近くのドアがばん! と音を大きな立てて開いた。
「おい! 他の教室見てきたけど、全部同じだったぜ!」
「わ、瀬尾くんっ……」
現れた瀬尾くんは、全ての教室を走って見回ったのか、息を切らしていた。
そんな瀬尾くんもかっこいい……じゃなかった。
「なんかこわいよね、これ。先生に言った方がいいかも」
「そうだな! 俺、ちょっと職員室行ってくる」
そう言って瀬尾くんは、また教室に背を向けて廊下を駆け出していった。
「瀬尾くんって、頼りになるよね……」
「あれえ、どうしたのリコったら。そんなウットリ見とれちゃってー」
サアヤがひじでリコをつんつんとつついたので、リコはハッとして、
「そんなことより、この気持ち悪い落書き消しちゃお!」
と取りつくろうはめになった。
結局、黒板の落書きは「不審者が現れたかもしれない」と先生たちが判断したので、学校は急きょお休みになった。
帰り道、みんなでわいわい歩きながら、リコは「そういえば、寝る時間を遅らせてまで仕上げた宿題、今日は結局出さずじまいだったな」と思った。
家に帰るとリコは、自分の部屋のベッドにダイブして、今日あったことを思い返していた。
「あの落書きなんだったんだろう……それにしても……」
瀬尾くん、カッコよかったなあ。
今日は少し言葉を交わせたけれど、普段はリコと瀬尾くんはお喋りしたり一緒に何かするようなことはほとんどない。
瀬尾くんからみたリコは、どんな風に映っているのか……。そもそも、人気者の瀬尾くんだったらリコなんか視界にも入っていない可能性もある。
「消しゴムのおまじないが効けば仲良くなれたかもしれないのになあ。……って、そうだ、アレがあった!」
ガバリと飛び起きた。
おまじないの代わりに、試してみるべき『アレ』があった!
リコは机の引き出しにしまっていた魔法のペンダントを取り出して、ギュッとにぎった。
「『瀬尾くんが振り向いてくれますように!』」
この時、リコには予想できるはずもなかった。
まさか、あんなことになるなんて。
***
事件は体育の授業で起こった。
今日の授業は五十メートル走だった。
二人ずつ、全速力で五十メートルを走ってそのタイムを計るのだ。
リコと一緒に走ることになったのは、あまり話したことのない河合さんだ。
スタートラインについた時、ちょっとだけ、リコはほっとしていた。
リコはあまり運動が得意な方ではない。だけど、一緒に走る人に引きはなされて置いていかれるのは悪目立ちしそうで嫌だなあ、と思っていた。
その点、河合さんはリコと同じくらいの運動神経の持ち主だから、ゴールもだいたい同じくらいになりそうだ。
先生の「いちについて、よーい!」の号令で二人でゴールを睨む。
ピッ! というするどいホイッスルの音と共に、リコはかけ出した。
最初は順調だった。
河合さんに少しおくれる形でリコも必死で足を動かす。あとちょっとでゴールというとき――
「あっ」
足がもつれてバランスがくずれた。
転ぶ! と思った瞬間、リコはとっさに、目の前の河合さんの服をつかんでしまった。
「きゃあっ」
「わあっ!」
どしんっ。
二人でもつれるように転んで、タイムはそろって「記録なし」。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。河合さんほんとゴメン」
「いいよいいよー」
先生がリコたちにかけよって、そんなやりとりをしてるその時だった。
後ろから、冷たい声が聞こえたのだ。
「お前さあ……」
瀬尾くんだった。体育係の瀬尾くんは、先生の手伝いでタイムの記録を任されていて、ゴール付近に立てた臨時の作業台の方にいたけれど、このトラブルで様子を見にきたらしい。
「自分が負けそうだからって、相手も巻き込むのはヒキョウなんじゃねえの?」
瀬尾くんの目は、氷のように冷たかった。
「ち、違う。そんなつもりじゃ……」
「はっ、どうだか」
何を言っても信じてもらえそうにない。
リコは目の前が真っ暗になったような気がした。
***
それから、どうやって一日を過ごしたのか、いつ家に帰りついたのか、リコは覚えていない。
あの瀬尾くんの冷めた目を、リコは忘れることはないだろう。
魔法のペンダントにお祈りした次の日にこんなことになるなんて、皮肉にもほどがある。
だけど……ペンダントを責めても仕方がない、よね。
「明日ちゃんと、瀬尾くんに誤解だって伝えよう」
きっと、ちゃんと話せばわかってくれる。
魔法とか、おまじないとかに頼るんじゃなくて、自分の力で挑戦してみよう。
きっと、最近の自分はどうかしてたんだ。おまじないや魔法に頼って、結局空回りして失敗したり。
これからは、ちゃんと自分の力で乗り越えていこう。
リコは引き出しからあのペンダントを取り出した。
乙女の祈りを叶える魔法……か。
天井の照明を受けて、変わらずキラキラと輝くそれを、リコはギュッとにぎりしめた。
「『これまでのことは、ぜーんぶなかったことにしてください』……なんちゃって」
叶う必要なんかない、魔法なんてありえないからこそ、がんばる意味があるんだ。
勉強も、運動も、恋だって。
リコはペンダントを首から下げて、鏡に映る自分を見た。
うん、可愛い。
だって、ペンダントって、飾りとして楽しむものだもんね。
***
【真宵の解説編】
リコさんがおばあさんにもらったペンダントは、魔法のアイテムではなくやはりただのアクセサリーだったのでしょうか?
よく思い出してください。
リコさんが「宿題をやらずに済む」ことを願った次の日、学校でイタズラの騒ぎがあり、リコさんは宿題を出すタイミングを失ったのでしたね。
次に「瀬尾君に振り向いてもらいたい」と願った時は、瀬尾君に冷たい目で見られるという運命を背負ってしまいました。
これって、ある意味、願いが叶っていると思いませんか?
宿題も出さなくて良くなったし、瀬尾君はリコさんに注目することになったのですから。
そういえば、リコさんには聞こえていませんでしたが、ペンダントをくれたおばあさんは他にも何か言いかけていたようでしたね。
あれは「願いを叶える方法まできちんと決めること」という注意をしたかったのです。
そうしないと、ペンダントは望まない方法で、願いを叶えてしまうかもしれないのです。
そういえば……
リコさん、せっかく前向きにがんばろうと決意をされたところですが、最後になにかとんでもないお願いをしていた気がしますね……
さて、この後、どうなることやら。