【死者のうた】
アオは、暗い校舎に一歩ふみ入れた瞬間、ここに来たことを完全に後悔していた。
懐中電灯で照らした部分以外、真っ暗な闇。
時々、天井から突き出た緑色の非常口のマークがぼんやりと不気味に光っている。
ひとつ言わせて欲しい。
ユウレイを探しに行こうなんて最初に言い出したのは誰だ?!
弱々しい月の光に暗い影を作った校門は、まるで大きな口を開けて迷い込んだ人間を飲み込もうとしているモンスターみたいに見えたし、校舎が古いせいで、廊下をそおっと進む間も立て付けの悪い窓が風でガタガタと不気味な音を立てた。
なんというか、とにかく、イヤな予感がするのだ。
「……ねえ、やっぱりさ、中止にしない?」
背中に広がる寒気を無視できなくなったころ、アオは前を行くハヤトとシュウに声を掛けた。
しかし、二人はへっぴり腰のアオを振り返って笑いとばすだけ。
「なんだよ、アオ。びびってんの」
「大丈夫だって。行こうぜ。そもそもアオが『直接確かめよう』って言ってたんじゃん」
そうだった。
こんなことになったのは、自分の発言が始まりだった。
昼間の自分のバカヤロウ!
……と、自分自身を小突くわけにもいかず、アオはただため息をついて天を仰いだのだった。
***
ことの始まりは、とある怪談だった。
アオたちの小学校には、何年も昔から語り継がれている学校の怪談がある。
その名も「歩くユウレイ」。誰もいない夜の校舎に、ヒタヒタと歩くユウレイが現れる、というものだ。
その話がいつささやかれ始めたのか誰も知らない。
けれど、この小学校に通っているならいつの間にか誰もが知っているという不思議な怪談だ。
その内容は、こんな感じ。
――今からずっと昔、何年前とかお父さんの頃かおじいちゃんの頃かなんて詳しいことは分からないけれどとにかくずっと昔、学校で事故にあって一人の女の子が亡くなってしまったという。
ただその原因については、語り手によってまちまちだ。
イジメにあっていたからとか、体育の授業で熱中症になってしまったとか、給食にアレルギー物質が入っていたのに気がつかず食べてしまったからだとか……とにかく、その女の子は不本意な形で小学校を卒業できずに亡くなった。
みんなと一緒に卒業することを楽しみにしていた女の子は、その心残りを抱えたままだったので、成仏できずにユウレイとなり、学校に居ついてしまったのだというのだ。
そして、夜になると、授業を受けるために自分の席を探して校舎を歩き回るんだとか――。
アオだって、その話は聞いたことがあった。
だから、今日の昼休みにハヤトが「世紀の大発見だ!」みたいな口ぶりでその話を始めた時には特に怖いとも思わず「なんだ、その話か」と思ったくらいだ。
熱を込めて語るハヤトだったが、アオとシュウはハイハイハーイと手を挙げて話をさえぎった。
「そんな話、俺たちもとっくに知ってるよ」
「この学校の人ならもうみんな知ってるんじゃない?」
だけどハヤトは、アオたちの文句なんでどこ吹く風という顔で、チッチッチ、と人差し指を左右に振ってみせる。
「おどろくのはここからだ。……なんと、この話に続きがあることが分かったんだ」
ハヤトはアオたちが息をのんだのを満足そうに眺めてから、もったいぶって話を続けた。
――ある夜、誰もいない学校の中を用務員さんが一人で見回りをしていた。
すると後ろの方から、ルーン、ルンルーンと、か細い歌声が聞こえた。
こんな時間になんだろう? 誰かが隠れていたずらでもしているのか、と考えた用務員さんは、懐中電灯を声のする方へ向けた。
すると、目の前には恐ろしい顔をした女の子のユウレイが立っていたんだ!
……その用務員さんは、しばらくして原因不明の病気で亡くなってしまったらしい。
だけど、本当は原因不明なんかじゃない。ユウレイを直接見たことで、呪いにかかってしまったんだ。
これは、のちに「死者の歌」としてこの学校で恐れられることになるんだけれど、時間が経つにつれて少しずつ忘れられ、歩くのユウレイの怪談のうち、この呪いの部分を知る人は少ないという――。
「めちゃくちゃ怖いじゃん!」
アオがそう叫んだ声はほとんど悲鳴みたいになっていた。
だれもいない夜中に歌声が聞こえるのを想像しただけで怖いのに、出会ったら死んでしまうなんて怖すぎる。
「『死者のうた』かあ、どんな歌なんだろう」
シュウはときどき変なところにこだわる。彼の事をよく知らなければ冗談みたいに聞こえるかもしれないけれど、めがねの奥で光るその目は真剣そのものだ。
「どんな歌かまでは聞いてねえな。その歌声を聞いた用務員さんは死んじゃったんだから。それ以来、この学校では夜の見回りはなくなったらしいぜ」
「あと、ユウレイを見ただけで呪いにかかってしまったって部分も気になるね。どういうメカニズムなんだろう。これはもっと色んな話を集めて比べてみないと分からないな」
「じゃあ呪いについてもっと他の人にも聞いて調べてみるか?」
まずい、ハヤトとシュウが乗り気になってしまった。
このままじゃ、これからしばらく恐怖の怪談を聞かされることになる!
アオは慌てて盛り上がる二人の間に割り込んだ。
「そ、そんな、調べるなんて大変じゃない?! だって、どれだけ調べてもウワサはウワサだからどれだけ正しいかなんてわからないし……直接見るのとは違ってさ」
二人はぽかんと間抜けな表情でアオを見た。そして、数秒してから急に揃って大声を出した。
「それだ!!」
アオは驚きのあまり大きくのけぞった。
「な、なにが」
「アオの言うとおりだ。ウワサを集めるなんてやり方よりずっといい方法がある」
「え……えっ?」
「なるほどなー! 俺らが直接ユウレイを探しに行けばいいってことか! アオ、なかなか冴えてるじゃねえか」
「えー?! 死んじゃったらどうするんだよ?」
「ユウレイに見つかるのがマズいんだろ? 俺たちは見つからないように注意して行けば大丈夫だろ」
ハヤトはガハハと豪快に笑った。
そしてあれよあれよという間に、夜の待ち合わせ時間や、親には「忘れ物をとりに帰る」と言っておくなど、夜に校舎を探検する計画が立てられた。
……どうしてこうなった?
考えても全くわからないまま、こうしてアオたちは夜の校舎にやってきたというわけだ。
***
「でもさ、歌どころか、物音すらしないね」
シュウが辺りを冷静に観察しながら、小さくささやいた。
怪談に登場した歌声が、学校のどの場所で聞こえたのか分からなかったので、ひとまず校舎の中を順に見て回ろうということになった。
一階の職員室や、保健室、二階に並ぶ教室……どの部屋も鍵がかかっていて、中の様子は分からない。歌が聞こえないかとドアに耳を当てて様子を窺っても、しんと静まりかえっているだけだ。
アオは、何も起こらないことにがっかりしつつも、心のどこかではほっとしていた。
少し冗談を言う余裕も出てきて、三階に続く階段を登りながら、
「もうさ、ユウレイも学校生活に満足していなくなったんじゃない?」
と後ろにいるはずのハヤトを振り返ったときだった。
――ジャーン!
音楽室の方からピアノのめちゃくちゃな不協和音が大きく響いた。
「わあっ!」
「で、でたあっ! ユウレイだっ!」
アオとハヤトは大声で叫んでお互いを抱き合ったが、シュウだけはメガネをきらりと光らせて「行ってみよう」と階段を駆けあがっていった。
「お、おいっ、待てよシュウっ!」
「置いて行かないでっ」
アオとハヤトも慌てて後を追う。
つむじ風のような素早さでシュウが音楽室のドアに手をかけ、
力を込めると、
ドアはうそのように簡単に開いた。
その瞬間、冬の冷たい風がびゅうっと扉を吹き抜けた。
「ユウレイはいたかっ?!」
「……いない」
息を切らしたハヤトの問いかけに、シュウは背中を向けたまま答えた。
そのまま静かに音楽室の中に入って行き、ピアノの下に落ちていた一冊の楽譜を手に取った。
『やさしいピアノ練習』
「これがピアノの鍵盤にぶつかったんだ」
「これ、あそこの棚にあったやつ?」
アオは頭上を指さした。
普段、音楽の先生が授業に使う道具を入れている棚があって、その上の段にはいろいろな楽譜が立てかけられていた。
音楽を教えてくれるタガワ先生は、整理整頓が苦手なようで、棚の中は結構散らかっている。
「たぶん、そうだろうね……ほら、あっちを見て」
シュウは窓の方を指さした。
ひとつだけ、先生が閉め忘れたのか窓が開いたままだった。
そこから風が強く吹き込んで、カーテンを大きく揺らしている。
「閉め忘れた窓から入った風で、棚の楽譜が偶然落ちたってことじゃないかな」
「なーんだ、そんなことだったのかよ! びびって損したぜ」
ハヤトが安心したようにガハハと大きな笑い声をあげた。
アオも「ハヤトったら、早とちりなんだから」と一緒に笑ったが、実は誰よりもほっとしている。
そりゃそうだよね。
ユウレイなんかいないんだよ。
***
【真宵の解説編】
なるほど、夜の死者の呪いなんてものはなかったのですね。
恐ろしいと思っていたものの正体が、実は見間違いや勘違いだったということは、普段の生活でもよくあることです。
……おや、だとすれば、最後の話は怖いところはなかったということでしょうか?
さて、それはどうでしょう。
さっきのお話では、死者は夜の学校に現れるそうです。
ところで、あなたはどうしてこんな夜中に学校に居るのですか?
突然話が変わったって?
いえいえ、変わってはいません。
夜に学校にあらわれる幽霊の話ですよ。
あなたも夜の校舎で肝試しをしていた?
……たった一人で肝試しなんておかしいですね。
では、忘れ物を取りに来た?
もう深夜ですよ、そんな時間に来なければいけないような忘れ物はないでしょう。
私はね、こう思うんです。
夜の学校に現れる死者とは、あなたのことではないですか?
つまり、あなたは、もう死んでいるのです。
……おや、自分でも気がついていなかったのですね。
実は、このお話は、あなたのお話だったのですよ。
ええ、ええ。
驚かれるのも無理はありません。
これからどうされるのかは、あなた次第です。
今宵は素晴らしい夜でした。
だって、とびきり上等な恐怖と出会うことができたのですから。
さて、もうすぐ夜が明けてしまいます。
そろそろ終演といたしましょう。
僕はより高みの恐怖を求めて、どこでも現れます。
それでは、また会う日まで。
アオは、暗い校舎に一歩ふみ入れた瞬間、ここに来たことを完全に後悔していた。
懐中電灯で照らした部分以外、真っ暗な闇。
時々、天井から突き出た緑色の非常口のマークがぼんやりと不気味に光っている。
ひとつ言わせて欲しい。
ユウレイを探しに行こうなんて最初に言い出したのは誰だ?!
弱々しい月の光に暗い影を作った校門は、まるで大きな口を開けて迷い込んだ人間を飲み込もうとしているモンスターみたいに見えたし、校舎が古いせいで、廊下をそおっと進む間も立て付けの悪い窓が風でガタガタと不気味な音を立てた。
なんというか、とにかく、イヤな予感がするのだ。
「……ねえ、やっぱりさ、中止にしない?」
背中に広がる寒気を無視できなくなったころ、アオは前を行くハヤトとシュウに声を掛けた。
しかし、二人はへっぴり腰のアオを振り返って笑いとばすだけ。
「なんだよ、アオ。びびってんの」
「大丈夫だって。行こうぜ。そもそもアオが『直接確かめよう』って言ってたんじゃん」
そうだった。
こんなことになったのは、自分の発言が始まりだった。
昼間の自分のバカヤロウ!
……と、自分自身を小突くわけにもいかず、アオはただため息をついて天を仰いだのだった。
***
ことの始まりは、とある怪談だった。
アオたちの小学校には、何年も昔から語り継がれている学校の怪談がある。
その名も「歩くユウレイ」。誰もいない夜の校舎に、ヒタヒタと歩くユウレイが現れる、というものだ。
その話がいつささやかれ始めたのか誰も知らない。
けれど、この小学校に通っているならいつの間にか誰もが知っているという不思議な怪談だ。
その内容は、こんな感じ。
――今からずっと昔、何年前とかお父さんの頃かおじいちゃんの頃かなんて詳しいことは分からないけれどとにかくずっと昔、学校で事故にあって一人の女の子が亡くなってしまったという。
ただその原因については、語り手によってまちまちだ。
イジメにあっていたからとか、体育の授業で熱中症になってしまったとか、給食にアレルギー物質が入っていたのに気がつかず食べてしまったからだとか……とにかく、その女の子は不本意な形で小学校を卒業できずに亡くなった。
みんなと一緒に卒業することを楽しみにしていた女の子は、その心残りを抱えたままだったので、成仏できずにユウレイとなり、学校に居ついてしまったのだというのだ。
そして、夜になると、授業を受けるために自分の席を探して校舎を歩き回るんだとか――。
アオだって、その話は聞いたことがあった。
だから、今日の昼休みにハヤトが「世紀の大発見だ!」みたいな口ぶりでその話を始めた時には特に怖いとも思わず「なんだ、その話か」と思ったくらいだ。
熱を込めて語るハヤトだったが、アオとシュウはハイハイハーイと手を挙げて話をさえぎった。
「そんな話、俺たちもとっくに知ってるよ」
「この学校の人ならもうみんな知ってるんじゃない?」
だけどハヤトは、アオたちの文句なんでどこ吹く風という顔で、チッチッチ、と人差し指を左右に振ってみせる。
「おどろくのはここからだ。……なんと、この話に続きがあることが分かったんだ」
ハヤトはアオたちが息をのんだのを満足そうに眺めてから、もったいぶって話を続けた。
――ある夜、誰もいない学校の中を用務員さんが一人で見回りをしていた。
すると後ろの方から、ルーン、ルンルーンと、か細い歌声が聞こえた。
こんな時間になんだろう? 誰かが隠れていたずらでもしているのか、と考えた用務員さんは、懐中電灯を声のする方へ向けた。
すると、目の前には恐ろしい顔をした女の子のユウレイが立っていたんだ!
……その用務員さんは、しばらくして原因不明の病気で亡くなってしまったらしい。
だけど、本当は原因不明なんかじゃない。ユウレイを直接見たことで、呪いにかかってしまったんだ。
これは、のちに「死者の歌」としてこの学校で恐れられることになるんだけれど、時間が経つにつれて少しずつ忘れられ、歩くのユウレイの怪談のうち、この呪いの部分を知る人は少ないという――。
「めちゃくちゃ怖いじゃん!」
アオがそう叫んだ声はほとんど悲鳴みたいになっていた。
だれもいない夜中に歌声が聞こえるのを想像しただけで怖いのに、出会ったら死んでしまうなんて怖すぎる。
「『死者のうた』かあ、どんな歌なんだろう」
シュウはときどき変なところにこだわる。彼の事をよく知らなければ冗談みたいに聞こえるかもしれないけれど、めがねの奥で光るその目は真剣そのものだ。
「どんな歌かまでは聞いてねえな。その歌声を聞いた用務員さんは死んじゃったんだから。それ以来、この学校では夜の見回りはなくなったらしいぜ」
「あと、ユウレイを見ただけで呪いにかかってしまったって部分も気になるね。どういうメカニズムなんだろう。これはもっと色んな話を集めて比べてみないと分からないな」
「じゃあ呪いについてもっと他の人にも聞いて調べてみるか?」
まずい、ハヤトとシュウが乗り気になってしまった。
このままじゃ、これからしばらく恐怖の怪談を聞かされることになる!
アオは慌てて盛り上がる二人の間に割り込んだ。
「そ、そんな、調べるなんて大変じゃない?! だって、どれだけ調べてもウワサはウワサだからどれだけ正しいかなんてわからないし……直接見るのとは違ってさ」
二人はぽかんと間抜けな表情でアオを見た。そして、数秒してから急に揃って大声を出した。
「それだ!!」
アオは驚きのあまり大きくのけぞった。
「な、なにが」
「アオの言うとおりだ。ウワサを集めるなんてやり方よりずっといい方法がある」
「え……えっ?」
「なるほどなー! 俺らが直接ユウレイを探しに行けばいいってことか! アオ、なかなか冴えてるじゃねえか」
「えー?! 死んじゃったらどうするんだよ?」
「ユウレイに見つかるのがマズいんだろ? 俺たちは見つからないように注意して行けば大丈夫だろ」
ハヤトはガハハと豪快に笑った。
そしてあれよあれよという間に、夜の待ち合わせ時間や、親には「忘れ物をとりに帰る」と言っておくなど、夜に校舎を探検する計画が立てられた。
……どうしてこうなった?
考えても全くわからないまま、こうしてアオたちは夜の校舎にやってきたというわけだ。
***
「でもさ、歌どころか、物音すらしないね」
シュウが辺りを冷静に観察しながら、小さくささやいた。
怪談に登場した歌声が、学校のどの場所で聞こえたのか分からなかったので、ひとまず校舎の中を順に見て回ろうということになった。
一階の職員室や、保健室、二階に並ぶ教室……どの部屋も鍵がかかっていて、中の様子は分からない。歌が聞こえないかとドアに耳を当てて様子を窺っても、しんと静まりかえっているだけだ。
アオは、何も起こらないことにがっかりしつつも、心のどこかではほっとしていた。
少し冗談を言う余裕も出てきて、三階に続く階段を登りながら、
「もうさ、ユウレイも学校生活に満足していなくなったんじゃない?」
と後ろにいるはずのハヤトを振り返ったときだった。
――ジャーン!
音楽室の方からピアノのめちゃくちゃな不協和音が大きく響いた。
「わあっ!」
「で、でたあっ! ユウレイだっ!」
アオとハヤトは大声で叫んでお互いを抱き合ったが、シュウだけはメガネをきらりと光らせて「行ってみよう」と階段を駆けあがっていった。
「お、おいっ、待てよシュウっ!」
「置いて行かないでっ」
アオとハヤトも慌てて後を追う。
つむじ風のような素早さでシュウが音楽室のドアに手をかけ、
力を込めると、
ドアはうそのように簡単に開いた。
その瞬間、冬の冷たい風がびゅうっと扉を吹き抜けた。
「ユウレイはいたかっ?!」
「……いない」
息を切らしたハヤトの問いかけに、シュウは背中を向けたまま答えた。
そのまま静かに音楽室の中に入って行き、ピアノの下に落ちていた一冊の楽譜を手に取った。
『やさしいピアノ練習』
「これがピアノの鍵盤にぶつかったんだ」
「これ、あそこの棚にあったやつ?」
アオは頭上を指さした。
普段、音楽の先生が授業に使う道具を入れている棚があって、その上の段にはいろいろな楽譜が立てかけられていた。
音楽を教えてくれるタガワ先生は、整理整頓が苦手なようで、棚の中は結構散らかっている。
「たぶん、そうだろうね……ほら、あっちを見て」
シュウは窓の方を指さした。
ひとつだけ、先生が閉め忘れたのか窓が開いたままだった。
そこから風が強く吹き込んで、カーテンを大きく揺らしている。
「閉め忘れた窓から入った風で、棚の楽譜が偶然落ちたってことじゃないかな」
「なーんだ、そんなことだったのかよ! びびって損したぜ」
ハヤトが安心したようにガハハと大きな笑い声をあげた。
アオも「ハヤトったら、早とちりなんだから」と一緒に笑ったが、実は誰よりもほっとしている。
そりゃそうだよね。
ユウレイなんかいないんだよ。
***
【真宵の解説編】
なるほど、夜の死者の呪いなんてものはなかったのですね。
恐ろしいと思っていたものの正体が、実は見間違いや勘違いだったということは、普段の生活でもよくあることです。
……おや、だとすれば、最後の話は怖いところはなかったということでしょうか?
さて、それはどうでしょう。
さっきのお話では、死者は夜の学校に現れるそうです。
ところで、あなたはどうしてこんな夜中に学校に居るのですか?
突然話が変わったって?
いえいえ、変わってはいません。
夜に学校にあらわれる幽霊の話ですよ。
あなたも夜の校舎で肝試しをしていた?
……たった一人で肝試しなんておかしいですね。
では、忘れ物を取りに来た?
もう深夜ですよ、そんな時間に来なければいけないような忘れ物はないでしょう。
私はね、こう思うんです。
夜の学校に現れる死者とは、あなたのことではないですか?
つまり、あなたは、もう死んでいるのです。
……おや、自分でも気がついていなかったのですね。
実は、このお話は、あなたのお話だったのですよ。
ええ、ええ。
驚かれるのも無理はありません。
これからどうされるのかは、あなた次第です。
今宵は素晴らしい夜でした。
だって、とびきり上等な恐怖と出会うことができたのですから。
さて、もうすぐ夜が明けてしまいます。
そろそろ終演といたしましょう。
僕はより高みの恐怖を求めて、どこでも現れます。
それでは、また会う日まで。