ピンと張り詰めた静けさのなか、私はひとり校舎の廊下を歩いていた。
 月の光もない夜の学校は、なんだか、ひときわ空気が重く感じる。
 無機質(むきしつ)なリノリウムの床に、一歩、一歩と足を進める自分の小さな足音だけがやけに大きく響く。

 その時。
 誰もいないはずなのに、ふと背中に視線を感じた。
 
 ――誰っ?!
 
 後ろを振り返ったけれど、くらやみがひっそりと廊下の奥を(おお)い隠しているだけだ。
 
 ――気のせいか。

 小さく息をついて、私はまた暗い廊下を一歩、一歩と歩き始める。
 冬の風に感じるを浴びた冷えた窓ガラスが、キイキイとかん高い声で鳴いた。
 
 その瞬間だった。

 ジャジャーン!

 突然、音楽室のピアノから不協和音が鳴り(ひび)いたのだ。

「やっぱり誰かいるのっ?!」

 引き寄せられるようにして音楽室のドアに飛びついて、めいいっぱい開く。なぜか目の前の窓が開いていた。カーテンが風に大きくあおられて羽ばたくように揺れている。
 そして……一人の男の子が、ピアノの前に座っていた。
 夢中になってピアノの鍵盤(けんばん)をデタラメに叩いていた彼は、ふと、顔を上げて私を見た。

 「おやおや、珍しい。こんな時間にお客様とは」
 
 彼は口元だけで静かに微笑(ほほえ)み、こちらをじっと見つめている。
 窓の外に広がる夜の闇よりもさらに暗い、真っ黒の髪が、彼の目元をおおい隠しているため何を考えているのかは読み取れない。
 どうしてだろう、こわいのに、彼から目が離せない。
 気がつけば口が勝手に動いていた。

「あなたは誰?」
「僕は、闇野(やみの)真宵(まよい)。とある物のコレクターなんです。集めているものは少し変わっているんですが、ちょうど探し物がここにあるようでして」
「なにを……集めて、いるの?」

 その質問を待っていたかのように、彼の周囲を取りまく闇がいっそう深くなった。

「みんなの『恐怖(きょうふ)』です」
「恐怖?」
「この世界には、普通では考えられない恐ろしい出来事があふれているんです。僕はね、そんな恐怖にまみれた話をコレクションしているんですよ」
「こわい話を集めているってこと?」
「ええ。特に、なんてことない話と思いきや、そのウラに恐ろしい真実が隠れているような話が大好物なんです。一部では『意味が分かるとこわい話』なんて呼ばれているようですが」

 彼はピアノから立ち上がると、両手を広げて歌うように言った。

「そうだ。今宵はせっかく素敵な夜にあなたというオーディエンスが現れたんだから、僕のとっておきの恐怖のコレクションをお聞かせしましょう!」

 そしてブツブツとなにか呟きながら、ピアノの周りをぐるぐると歩き回る。
 
「そうですね……テーマがあった方が良い。音楽室で過ごす夜にちなんで、クラシックの曲名にまつわる恐怖の話なんていかがでしょうか?」

 彼はにぃっと歯を見せて笑った。
 楽しくって仕方がない、とでも言うように。
 
 ――そして私は、彼に操られてしまったみたいにコクリと頷いたのだった。

***

 【ここからは、闇野真宵が集めた「意味が分かるとこわい話」をひとつずつ紹介します。
 それぞれのお話の後に、真宵からそのお話に隠されたこわい真実を解説してもらいましょう。】