生放送終了後、俺達は神田社長に呼び出されて事務所の応接室にいた。
「いや~良かったよ!嵐君のハスキーボイスも吹雪ちゃんの綺麗なハモリも!」
 まるで酔ってるようなテンションの社長が俺達を出迎えた。目の前のテーブルにはお茶のペットボトルが置かれていたから、本当に酔ってる訳じゃなさそうだけど……
「あ、ありがとうございます……」
「竜樹君のギターソロも風音君のベースも氷月君と南海ちゃんのキーボードも雷君のドラムも、みーんな良かった!今日は無礼講だから好きなだけ食べなさい。」
 そう言うと、隣の部屋から佐竹さんを始めとした女性社員さん達が手にお盆を持って現れた。見るとオードブルや生肉が乗っていた。ア然として眺めているとガスコンロや鍋も出てくる始末。すると雷が急に騒ぎ出した。
「えっ!これ全部食べていいんですか~!?」
 目がキラキラしてる。そして何故か腕まくりしていて、ついでに頭に手拭い巻きそうな勢いだ。
「あぁ、君達の為に用意させたものだからね。思う存分食べてくれ。」
 あーあ……そんな事言ったら本当に全部食うぞ、こいつ……
「……じゃあお言葉に甘えて。頂きます。」
「頂きま~す!」
 初めての歌番組、しかも生放送という事で誰一人食事が喉を通らなかったもんだから、実は雷だけじゃなく皆が腹ペコだった。氷月の音頭を皮切りに、全員が箸を取ったのだった。

「まったく!嵐君は声質はいいんだけどねぇ~……」
(『だけど』なんだよ、はっきり言えよ!このインテリ!)
「雷君はリズムずれてたよ。しっかりしてよね。」
(しっかりしてるよ、このムッツリ!)
「風音君……音が聞こえんよ。ちゃんとやってんの?」
(そういうもんなんだよ、ベースは!)
「氷月君と竜樹君は素晴らしいよ、サイコー!」
「ありがとうございます。」
「お褒めに預かりまして光栄です。」
「吹雪ちゃんは名前の通りクールビューティーで歌もこんなに上手くて、天は二分を与えるんだね~!」
「はぁ~どうも……」
「南海ちゃんは大人しそうな感じなのに演奏になるとキリッとなるところがギャップ萌えっていうのかな~」
「…………」

(おい、社長!これは差別というものじゃねぇのか?あぁん!?)
(いじめだ……精神的な。もうこうなったら食べるしか!)
(僕っていったい……)
 社長の賛美に興味なさげに相槌を打つ吹雪と気持ち悪いものを見た顔をして社長から目を逸らした南海ちゃんを横目に見ながら、誉められなかった俺と雷と風音は密かに落ち込んでいた。
 最初は誉めていたのに酒が入った途端愚痴が多くなり、最終的に差別し出した社長を軽く軽蔑していると、氷月が立ち上がった。
「そろそろ僕達帰ります。」
「もう帰るのかい?まだいいじゃないか。」
「いえ。社長のご指摘通り僕達にはまだまだ練習が必要なんで、今日はこれで失礼させて頂きたいです。よろしいですか?」
「あ、あぁ…それじゃあ頑張りたまえ……」
「はい。今日はおもてなし頂き、ありがとうございました。それじゃ失礼します。ほら、行くよ。」
「おう……じゃあ失礼します……」
 氷月の言葉に圧倒されていると目が合って促される。それを機に事態を見守っていた全員が席を立って応接室を後にした。

「はぁ~…助かったよ、氷月。」
「僕は別に。早く帰りたかっただけだよ。」
 廊下に出た瞬間、全員からため息が洩れた。帰るきっかけを作ってくれた氷月に代表して礼を言うと、少し照れくさそうに返ってきた。
「と、いう事で皆。明日から頑張ろうね。」
「へ?」
「へ?って何。まさかここがゴールだなんて思ってないよね?これから歌番組の出演も増えるだろうし、シングルやアルバムもどんどん出していかないと。ライブも実現させたいしね。」
「いや、ゴールとは思ってないけどもう後三日くらいはゆっくり……」
「は?何言ってんの?社長が言うようにまだまだ課題はあるんだから。まず嵐は緊張してもいいけどなるべく音を外さないようにする。雷と風音はリズムキープの練習ね。」
 にっこり微笑む氷月に背筋が寒くなる。というか、久しぶりに見た。悪魔の微笑み……
「は、はい……」
「頑張ろう、嵐!久しぶりに私も一緒に練習するから。」
「そんなに落ち込まないで、風音君、雷君。二人共頑張ったよ!」
 がっくりと首を折る俺と風音と雷を励ます吹雪と南海ちゃんが、氷月を見た後だからか本物の天使に見えた。あ~癒される……
「まぁ、嵐達はともかく俺はスキルアップの為に精進するとしようか。」
 竜樹はそう言うと、大きく伸びをして歩き始めた。
「じゃあ皆、明日はスタジオで今日の反省会ね。」
 竜樹の後を追いながら氷月がそう言う。『え~~!?』という俺達の悲痛の叫びは無視され、天井に響き渡った。

 そして次の日の反省会は、思っていたよりも百倍地獄だった。
 俺達の為というよりも、氷月の氷月による氷月の為の反省会かと思うくらいの内容で、終わった頃には全員げっそりしていた……
「こんな感じかな。……あれ?皆どうしたの?」
「いや、ちょっと……気分が……」
「それは大変だ、休まないと。じゃあ一時間したら練習始めようか。」
 勝手にそう決めるとさっさと自分のブースに入っていった。
「何だぁ、あいつ……やけに気合い入ってるな。」
「っていうか最近調子乗ってんだよ。」
 俺がボソッと呟くと竜樹が憎々しげに吐き捨てた。
「竜樹…そんな言い方……」
「だってよ、風音。自分が曲作ったりしてるからって何か偉そうにさ。前からムカつく奴だったけど、デビューしてから…いや事務所入った頃から変わっちまった。そう思わねぇか?」
 竜樹の思いもよらない言葉にその場が静まり返る。すると雷がその大きな体を縮こませながら言った。
「俺も、そう思ってた。」
「雷君!」
「ごめん、南海ちゃん。氷月が本当は優しい奴だって知ってるよ。でも知ってるからこそ、最近の氷月は見ていて辛い。」
「……確かに。無理してるとまでは思わないけど、氷月らしくないよね。付き合いは浅いけどそう思う。」
「吹雪まで……」
 口々に氷月について自分の意見を言っていると、南海ちゃんが悲しそうな顔をした。するとそれを見た風音が苦しそうに顔を歪める。どうしたのかと思ってもう一度見たけど、次の瞬間にはいつもの風音に戻っていた。

「っていうか嵐がしっかりしてないから氷月が頑張らないといけないんじゃない!」
「へぇ!?お、俺ぇ?」
 突然矛先が俺に向けられ、思わず高い声が出た。怒声を上げた吹雪を見ると、どこから持ってきたのか俺の楽譜をバット状にして自分の肩を叩いていた。もちろん仁王立ちで。……あれ?これ三回目?
「ボイトレの次はリーダーらしくなる為の特訓が必要なのかしら?」
「ひっ……!」
 目が本気だ……俺は身の危険を感じて皆に助けを求めたけど、誰一人として目が合わなかった。竜樹なんて既に自分のブースに避難したようで姿が見えない。
 くそっ!ズルいぞ!元はと言えばお前が元凶だろうが!
「ごめんなさ~い!」
「こら!逃げるな!」
 こうして始まった俺と吹雪の鬼ごっこは、戻ってきた氷月に止められるまで続いた……

 この時入ったほんの少しのひびが、今後の俺達を苦しめる事になるとは誰も思っていなかった。