「…なんで泣いてたの」


「っ…!」



やっとだと、泣きたくなった。

暗闇に目が慣れてきた頃、背後から腕が回った。


財前さんのことに対する消毒がされたみたいで、私はゆっくりと彼の腕に触れる。


薄暗いなかでも分かった。

私の手を見つけて、掴んで握って、指を絡ませてきたこと。



「ののちゃん」


「……うん」



どうして泣いていたかは、言えない。

言ったなら離れてしまうかもしれないから、言いたくない。


この腕も離されてしまうだろうから。



「同じシャンプー使ったはずなのにののちゃんの匂いぜんぜん消えない。やっぱ安いシャンプーはそれなりの香りしかしないってことかな」


「…そんなことないよ。すごく……あたたかい匂いがする」


「…そ?おれんち、あったかい?」


「…うん」



海真くんがあったかいから───と、彼にだけ聞こえる声で言う。

ぎゅうっと引き寄せられるだけじゃなく、うなじから首筋にかけて熱い吐息が触れた。