「まったく、なにを言っているんだ。婚約者は恋人だろう?」



────……いやだ。


あなたと私が出会って、あなたの婚約者が私になって、あなたからすれば私は自分のものとでも思っているのかもしれないけれど。


それはただ、あなたの家柄がお金持ちなだけだ。


あなたがお金を持っているから、それだけ。

つまり私があなたを選んだなどと錯覚しているなら、それは大きな間違い。


私たち遠坂家は“財前家のお金を”愛している、ということだ。



「恋人は……こうやって触れていいんだよ」


「……っ」


「恋人はね、……こんなふうにキスだってするんだ」



やだ、やだ。
触らないで、やめて。


私の顔を振り向かせて、そこに近づいてくる顔。


ふんふんと、この距離だと余計に鼻息の荒さがわかる。

そしてケアされきれていない髭がなんとも不愉快だ。



「やめて……っ!!」



ドン───ッッ!!


たぶん、最初で最後。
ここまでめいっぱい力を出せたことは。

財前さんを突き飛ばすように両手で抵抗すると、さすがに身体は離れた。