「…退いてくれますか」


「ワリィけど、カネがモノ言う世界なんだわ」



会話はそれだけだった。

まず1人のこぶしが向かってきたから、おれはギリギリのところで避けて逆に食らわせる。


喧嘩はだめ───と、彼女の心配そうな顔を思い出してしまって。


つぎの男も殴ろうとしたが、躊躇ったことで頬に痛みが走った。



「ぐ…っ!」



それに今日のおれは。
ポケットに大切なものが入っている。


ののちゃん、おれってほんと馬鹿だ。


きみに会えなくなるくらいなら、このダイヤモンドなんか捨てればよかった。

きみを泣かすことになるなら、捨てて逃げればよかった。


でも……婚約指輪だからって、ちょっとだけ見栄なんか張っちゃったんだよ。



「う……ッ、あ……っ」



ガ───ッッッ!!


コンクリートの壁にあたまを強く打ちつけた瞬間にはもう、おれは「ごめん」と、心のなかで最愛の彼女に謝っていた。


ぐらりと脳が揺れる。

脳にある大事な血管のひとつでも切れたんじゃないかってくらいに、痛い。