「だいぶ向こうの世界に染まってしまったみたいだからね。僕はゆっくりでいいさ」



そう言いながらも肩に手を回してくるのだから、どうしようもない。

くいっと引かれてしまえば、コテンと頭を倒すしかなくなる。


こういうとき、私はそっと目を閉じるんだ。
目を閉じて想像するの。


大好きな海真くんを、思い出す。



「おおお…、こんなに甘えてくれるようになっただなんて。きみには僕じゃなければダメだということが分かったのであれば、あのゴキブリに貸していたのは良い期間だったのかもしれないな」



私の心は今も、海真くんのなか。

“貸していた”だなんて、上から目線な勘違いも笑えてくる。


人形のような私がここにいるだけだというのに。



「ああ…、可哀想に。そんなにも辛かったんだね」



私の涙に気づいて、ハンカチを取り出してゴシッと強めに拭ってくる。


そんなものは必要がないの。

指でそっと優しく拭ってくれるだけで、私は泣き止むことができる。


けれど財前さんにされたところで意味はない。


海真くん。

ごめんね………海真くん。