「…ほら、ちゃんと握って」


「……っ」


「ここは夢の国って呼ばれてる場所でさ。たとえどんなに苦しくて辛くても……ぜったい笑顔にしてもらえるだろうから」



そこで笑ってくれるなら、もういいか。

ワガママ言っていいなら、おれが行きたかったよののちゃんと。


でもそれ以上にののちゃんのほうがワガママだったらしい。



「おれ、待ってる。箸もコップも捨てないで……ずっと待ってるから」


「……あなたには、プロのピアニストよりも今の生活のほうがお似合いよ」


「…はは。そう思うよおれも」



引っ越しは白紙。

おれは今までどおりあのバーで働きながら、定時制の高校に通う。


“お似合い”じゃなくて“好き”なんだろ、そんなおれが。



「ありがとうねお友達。ふたりでじっくり楽しませてもらうとするよ。…君にはこれくらいやっとこう」



お礼として渡された1万円札の束。

ざっと見て、30万ほどはありそうだった。