「海真はいま、自分が歩きたいと思った道を自分で選んで……生きてるの」



家族がひとりもいない、この世界で。

彼だけが置いていかれてしまった、この世界で。


私という宝に出会って、海真くんは生きていると。



「兄ちゃん、すこし落ち着く曲をお願いできるかな」


「わかりました」



客のリクエストには滅多に応えなかった自由気ままな演奏者さんが、今日もリクエストを聞いてはさっそく鍵盤を奏でた。

そのおかげでバーは繁盛し、海真くんがピアノを弾く姿をぼうっと眺める私の機会も増えていた。



「乃々、3番テーブルにドリンク」


「……………」


「乃々」


「………あっ、はい!」



店長さんもこうして名前で呼んでくれるようになって、いつの間にかこの場所に溶け込めることができたんだと。

なにをするにしてもセットとして考えてくれることが嬉しい。