《遥翔side》

結華に誘われて見に行った凛月の劇はとても良かった。だが同時に、まるで俺と凛月の関係のようだと感じた。

凛月は幼い頃、俺を庇って車に轢かれた。俺が連れ出したことで凛月に大怪我を追わせてしまった。凛月の目が覚めたら、絶対に謝りに行くと誓った。しかしそれが叶うことはなかった。凛月は断片的な記憶喪失となってしまい、失われた記憶はすべて俺との思い出だった。その時、俺は凛月に会いに行けなかった。怖かった。俺を忘れた凛月に会うのが…。もし拒絶されたら、とか最悪な想像が頭をよぎる。それから俺は、結華にだけ挨拶をして逃げるように引っ越していった。

年齢が上がっていくにつれて、罪悪感は募っていくばかりだった。高校に上がってから行動範囲が広がり、より凛月のことを考えるようになった。高3の夏にまた会おう、この海で、という約束を果たさなければならない。たとえ凛月が来なかったとしても…。

遥翔「俺は約束を果たさなくちゃいけないんだ。立ち止まってる場合じゃない…。凛月が忘れていても俺が覚えていれば、思い出は無くならない。でもまたお前と話したいなんてのは我儘だよな…。」

俺は新幹線の中で葛藤を続けていた。そして最寄り駅につくと見知った顔が立っていた。

遥翔「瞬?お前なんでここに…。」

瞬「別に、たまたま用があって来たらお前がいただけだ。これから帰るとこなんだよ。」

遥翔「そうなのか、じゃあ一緒に帰らないか?」

西條瞬は中学に上がってから仲良くなった男子だ。凛月のことを唯一話せる奴だ。一番心を許してるといっても過言じゃない。

瞬「まぁ、別にいいけど。」

瞬は態度は冷たいが、優しい奴だ。そして人の変化によく気づく。とても頼りになる。

瞬「それで?」

遥翔「え?」

瞬「何があったんだよ。お前がしけた面してると調子狂うだろ。」

遥翔「さすが瞬だな。やっぱりわかるか。」

瞬「当たり前だ。お前わかりやすいし。今日あっちの文化祭だったんだろ。」

遥翔「え?なんで知ってんだよ。」

瞬「お前の母親から聞いた。そんでもし元気なかったらよろしくって。」

遥翔「なるほどな。ってことはここにいるのは用事があったからじゃないな。待っててくれたのか?」

瞬「は?何言ってやがる。お前のためじゃねぇ。辛気臭い顔して学校来られたら俺が質問攻めにあうのが目に見えてる。それを回避するためだ。勘違いすんじゃねぇよ。」

遥翔「そうか。やっぱり瞬は優しいな。お前が友達本当に良かったよ。」

瞬「はぁ?気持ち悪いこといってんじゃねぇ!気が向いただけだ!それで?話してみろよ。」

遥翔「あぁ、ありがとう。」

俺はそういうと、瞬に今日あった出来事を話した。瞬は途中呼吸がしんどくなってきた俺を優しくなだめ、最後まで真剣に話を聞いてくれた。

遥翔「今話したことが全部だ。結局凛月の顔も直視できなかった。ひっ…、くっ…。俺は何も変わってない…。あの日からずっと、弱いままだ。凛月に会うのが怖くて、逃げ続けてる。情けないったらないぜ…。」

瞬「遥翔、俺は昔のお前を知らない。だから断言できるようなことは言えない。でもお前はここに来たばかりの頃よりは確実に成長してる。過去を乗り越えるなんてそんな簡単なことじゃない。恐怖があって当たり前だ。だからそんなこと言うな。」

遥翔「瞬…。お前は俺が凛月に会う資格、あると思うか?」

瞬「ある。これは断言できる。」

遥翔「どうしてそう思う?俺は逃げたんだぞ?謝罪もせずに今ものうのうと暮らしてる。あいつと向き合わずに…。」

瞬「俺は凛月って奴に会ったことないからどんな奴とかは知らねぇ。でもお前はちゃんと向き合えてるよ。」

遥翔「俺が…?向き合えてる…?」

瞬「あぁ、そうだ。お前は昔、自分を忘れたあいつに拒絶されることを恐れて、逃げた。でも今のお前は自らあいつに会いに行ってる。たとえ実際に会えなかったとしてもだ。会いに行ったっていう事実は、お前が凛月って奴に向き合おうとした証拠だ。いいな?異論は認めねぇ!」

遥翔「瞬…。そうかそうだったのか。俺はちゃんと成長できてたんだな。俺が今まで生きてきた人生は無駄じゃなかったんだな。」

それがわかった瞬間、肩の荷が少し降りたように感じた。そしてこれからも頑張ろうと奮い立つ感覚を覚えた。瞬は出会った時からそうだった。瞬が紡ぐ言葉には嘘がない。事実しか言わないから、すっと心に入ってくる。

遥翔「ありがとう、瞬。お前がいてくれて良かった。」

瞬「なんだよ急に…。あと、最初にも言ったがお前のためじゃねぇぞ?勘違いすんなよ!」

遥翔「相変わらず瞬は素直じゃないなぁ!」

瞬「おい!にまにまするな気持ち悪い!!」

俺はこれからも壁にぶつかるかもしれない。しかし瞬がいてくれれば何とかなる気がしてる。
凛月、俺はこれからも頑張る。だから来年の夏、海で会おうな…。