遥翔「俺は瞬に出会うまで、凛月の記憶喪失は自分のせいだって自責の念に駆られてた。凛月に会う資格なんてないって、むしろ会わない方がいいんじゃないかって思ってた。でも、瞬には何でか本音を吐き出してもいいって思った。そしたら、自分でも驚くくらい心が軽くなったんだ。瞬のおかげで凛月と会う覚悟ができた。やっと前向きに考えることができたんだ…。」

遥翔はそこで諦めの視線を俺に向けた。

瞬「遥翔…?」

遥翔「でも、もう駄目なんだ…。俺は凛月に会えない、会うわけにはいかない。」

瞬「何でだ?」

遥翔「俺の親の話聞いてくれるか?」

なぜ急に親の話が出てくるのかと思ったが、遥翔の様子を見る限り、今回の件には遥翔の親が関わっていると考えた。だから俺は静かに頷いた。

遥翔「ありがとう。うちの両親は共働きで、ほとんど家には帰ってこない。母さんがモデルで父さんはマネージャー、2人とも完璧主義で小さい頃から少しの失敗も許されなかった。友達も親が許した人じゃないとダメだったから友達なんていなかった。でも、凛月と結華はそんなのお構いなしに俺と仲良くなってくれた。家も近かったっていうのもあって、母さんたちも何も言わなかった。」

瞬「完璧主義って…、遥翔は似なかったんだな。」

遥翔「そうだな。それが唯一の救いかもしれない。俺が凛月の母さんと、凛月は俺が守るって約束したって言ったろ?あれ、誓約書があるんだ。」

瞬「誓約書?」

遥翔「そう。母さんが遊ぶからには責任持って守るんだって戒めを込めてな…。自分の身を犠牲にしても、凛月は必ず守るって約束だったんだ。だから、事故に遭ったあの日、俺は誓約書違反なんだよ。それでも小母さんは俺を責めずに、逆に俺を慰めてくれた。」

そこで遥翔は上を向いた。頬には涙が伝っていた。

遥翔「ぐすっ、でも、母さんは凛月が事故に遭ったって知らないんだ…。ひぐっ、仕事の都合で引っ越したけど、荷造りとかは全部俺任せで、東京には帰ってなかった。引っ越し当日も、業者を手配して仕事に行っ。帰りは岩手に直行でさ。挨拶よろしくって連絡だけきてた。悪い、泣かないって決めてたのに…。」

瞬「大丈夫だ。最後までは聞くから、遥翔のペースで話せよ。」

遥翔「おう。そんでさ、夏休み中に日本で撮影あって帰ってきたんだよね。俺、帰ってくること知らなくてさ。そんで、『お前誓約書違えたな!?何で私たちに報告しねぇんだよ!』って超怒鳴られた。俺のスマホ、親のスマホから中身見られるようになってるんだけど、アプリとかも開けるの知らなくて。瞬にLINEで事故のこと詳しく話したじゃん?それ見られたみたいで…。『お前は約束破りだ。凛月に会う資格なんかない、っていうか会うな!』って言われた。親の形相に恐怖して、しばらく眠いのに寝られなくて、お腹も空かなくてさ、夢にまで出て…。母さんたちの言ってることはいつも正しかったんだ、だから今回も正しい。俺は凛月に会ってはいけないんだ…。なぁ、そうだろ?瞬…。」

俺を見据えた遥翔の瞳には、俺が見惚れた力強さは一切なく、すぐ壊れて消えてしまいそうだった。どうしたらいいかわからなくて、俺に縋っているようにも見えた。

瞬「遥翔、お前は今俺に肯定してほしいのか?凛月に会わないのが正解だって言ってほしいのか?」

遥翔「あぁ、そうだよ。母さんたちの言ってることが間違ったことなんてない。でも、俺は凛月に会いたいと思ってる。そんな俺の間違った意思を否定するために、瞬に聞いてるんだ。瞬は嘘は言わないだろ?」

瞬「あぁ、俺は嘘は言わねぇよ。じゃあ、今の話を聞いて俺が率直に思ったことを言えばいいんだな?」

遥翔「そうしてくれると助かる。」

ムカつく。自分の意思より親の意思が正しいと思ってる遥翔も、遥翔を自分の道具のように操ってる遥翔の親も…。どっちも正気か疑いたくなる。少なくとも遥翔は正気じゃないな。俺はそんなことを考えながら、言葉を紡いだ。

瞬「遥翔、お前は凛月に会うべきだ。」

遥翔「え…?瞬、俺の話ちゃんと聞いてt…」

瞬「もちろん聞いてた。ちゃんと聞いたうえでの意見だよ。」

遥翔「じゃあ何で…?」

瞬「遥翔、お前凛月が事故に遭った時点で誓約書違反だってこと。お前が本当に親の意見が正しいって思いたいなら、最初から親に報告してるはずだ。それをしなかったってことは親にバレたくなかったってことだろ?もうお前は親の言いなりになる必要なんてない。お前は自由に決めていいんだ、自分の意思に従っていいんだ。」

遥翔「瞬…。でも母さんたちの言うことはいつも正しい。間違ったことなんてないんだぞ?」

瞬「それは本当か?間違ったことがないんじゃなくて、間違ってることも遥翔には正しいって思いこませただけじゃないのか?」

遥翔「違う、違う!母さんたちはそんなことしない…!いつも俺のことを考えて助けてくれる、俺のことを正しい道へと導いてくれる。俺は今までそうやって生きてきたんだ!」

遥翔の目に光はなかった。完全に親に洗脳されてしまっている。最早遥翔本人に冷静な判断はできない。どうすれば…。そう考えた瞬間、後ろから名前を呼ばれた。

結華「瞬!」

瞬「結華!何で!?」

結華「向こう側はいなかったから、瞬と合流しようと思って探してたの。もうすぐ凛月も来るよ。」

マズイ…!今の状態で凛月と遥翔を再開させるわけにはいかない。

瞬「結華、頼みがあるんだが聞いてくれるか?」

結華「え、何?」

瞬「声の正体は遥翔だったんだ。でも、かなり状態が悪い。こんな遥翔を凛月に会わせるわけにはいかない。だから、俺を見なかったことにして他を探しに行ってくれないか?」

結華「なるほどね…、もしかして後ろで蹲ってるのが遥翔?」

遥翔「あぁ、結華か。悪い、顔上げらんねぇ…。」

結華「無理しなくていいよ。瞬、わかった。後で詳しいこと教えてね?」

瞬「もちろんだ。ありがとう結華。今度お礼するよ。」

結華は踵を返した。遠くに凛月が見える。二人が遠くに行ったのを確認して、俺は遥翔に向き直った。

《結華side》

瞬との約束を背に、私は凛月の方へ歩き出した。蹲っていた遥翔は完全に弱っていた。おそらく瞬が詳しい事情を聞いてる最中なんだろうと思う。

凛月「結華!瞬いたか??」

結華「いなかった~。もうどこにいるのよ…。」

凛月「そうか。じゃあもう少しあっちに行ってみるか。」

結華「そうね!」

ごめんね、凛月。何度も騙して…。でも、今の遥翔は事故の日と同じ雰囲気を感じた。そうなった遥翔を元に戻せるのは瞬だけだ。

結華「幼馴染としては悔しいな。任せたわよ、瞬。」

私は小声でそう呟き、凛月の後を追った。