学校からかなり離れた公園で瞬は足を止めた。そしてこっちを向いて口を開いた。

瞬「悪かった。ついカッとなって…。」

凛月「俺は大丈夫だよ!遥翔の顔がわかっただけでだいぶ進歩だよ。」

そう笑って言っても瞬は申し訳なさそうな顔をした。

凛月「ねぇ、あの女の子は?」

瞬はバツの悪そうな顔で俯いたが、すぐ決意したように顔を上げた。

瞬「あいつの話をする前に、うちの学校の慣習の話をしないといけねぇ。少し長くなっちまうけど平気か?」

凛月「うん、大丈夫。」

瞬は深呼吸をした後、ゆっくり話し始めた。

瞬「うちの学校は代々、文武両道を掲げる進学校だ。学校では、勉強においても運動においても優秀な人材を崇拝する慣習がある。崇拝されるべき人材は校内放送で放送される。基本は各学年につき1人なんだが、俺たちの学年は2人いたんだよ。崇拝されることが決まった生徒は他の生徒に監視されながらの学校生活になる。もちろんプライベートへの介入は御法度だがな。」

凛月「そんな学校あるんだな…。それでその崇拝されることが決まった生徒っていうのは?」

正直聞かなくても誰かは予想がついていた。

瞬「あぁ、もう予想ついてるかもだが俺と遥翔だ。」

凛月「やっぱりそうなんだね。」

瞬とはまだ出会ったばかりだが、それでも瞬の運動神経には驚かされる。

瞬「そんで、あの女は俺に告白してきた女だ。当然断ったが、断るとストーカー行為に及んだ。俺をストーキングしてたんだよ。この時点でプライベートの介入で規則違反だ。でもそれだけじゃ終わんなかった。あいつは遥翔にも手を出しやがった。」

瞬の顔が悲痛を表していた。瞬がこんな顔をすることはおそらく珍しいだろう。

瞬「あの女は、俺が告白を断ったのは遥翔がいるからだと考えたらしい。だから、遥翔に俺が遥翔を迷惑に思っているとかいう嘘を吹聴した。しかも遥翔を孤立させようと色んなデマを流した。遥翔も最初は気にしてなかったが、だんだん顔色が悪くなっていった。そして気づけば自殺を図るほど追い詰められていた。何とか遥翔の自殺は止められた。で、その一件が明るみになってあの女は処罰を受けたんだよ。」

凛月「処罰っていうのは退学とかじゃないの…?」

瞬「普通はな。でも被害者の遥翔が許しちまったんだよ。あの女の反省してる演技に騙されてな。人が良いのも大概だな。それで罰を与えないわけにはいかないからあの女は、金輪際俺と遥翔に関わらないっていう誓約書にサインをしたんだよ。」

正直意味が分からなかった。遥翔は自殺にまで追い込まれたのに、なぜ許すことができたのか。俺なら絶対に許せない…。俺は行き場のない怒りを抱えていた。

瞬「おい、凛月。」

唐突に声をかけられたと思って顔を上げると、近くに瞬の顔があった。驚いて後退ると、瞬の手によって阻まれた。

凛月「瞬…?」

瞬「力抜け。お前が怒りを覚えるのもわかる。俺も当時は遥翔を責めたさ…、でもあいつは『罪滅ぼしをしてほしいんじゃない。更生してほしいんだ。』って言うんだぜ…。そんなこと言われたら何も言えなくなっちまうよな…。」

俺は無意識に手を握りしめ、唇を嚙んでいたようだ。嚙みちぎる前に瞬が止めてくれた。そしてよく見ると瞬の手は震えていた。瞬も悩んで苦しんだのだ、俺が怒りを露わにしてはいけない。俺は次第に冷静さを取り戻していった。

凛月「瞬、ありがとう。」

瞬「いや、遥翔のこと覚えてないのに怒ってくれるなんて、凛月は優しいな。」

凛月「そんなことないよ。自分でも不思議なんだ、覚えてないのにこんなに怒れるんだって…。」

それを言うと、瞬は笑った。出会って初めて、瞬の心からの笑顔を見た気がした。

一通り話し終え、俺たちは飲み物とアイスを買った。公園のベンチで食べた。

瞬「そういえば凛月っていつ東京帰るんだ?」

凛月「特に考えてないや。でも課題やんないと。一応持ってきたけど…。俺勉強苦手で全然わかんねぇんだよな…。」

瞬「課題見てやろうか?俺はもう終わってるけど、やんなきゃなんねぇことあるし。」

凛月「いいのか?神様仏様瞬様~!」

瞬「気持ちわりぃやめろっ!」

そして、次の日は遥翔の偵察を中断し、課題を終わらせることにした。