「……千陽と結婚させてあげれれば」
「え?」
今、口に出していただろうか。
いや、そもそも契約結婚だから、どっちでも良い話なんだが。楽しさを見出すならば、千陽さんだよなーくらいの気持ちしかないが。
「……すみません」
「はあ…さっきから何を考えているのかは知りませんが、どうして、そんなに静かなんですか?普段はそんな感じではないと聞いてますが……もしかして、千陽さんが言うように緊張してます?」
「……」
静かに目を逸らされる。─マジか。
「私との契約結婚、貴方、了承したのでは」
「勿論しました。貴女を大学に進学させる手続きもきちんと終わってます」
「それはありがとうございます。…というか、敬語じゃなくていいですよ?夫婦になりますし、私の方が年下ですし、何より、朱雀宮の分家の血筋ですから。貴方にそうされると、落ち着かないんです。宗家である橘の後継者が、そんな丁寧に私なんかに……」
「……」
手を掴まれた。静かに。けど、優しく。
思わず、喋るのをやめてしまって、朱音は目を瞬かせて、彼を見つめた。
「─わかった。敬語はやめる」
ほっとした。敬語がなくなったせいか、彼の雰囲気が変わったような。
「やめるから、言うな」
「はい?」
「私なんか、なんて、二度と言うな」
「……」
両手首が、彼の両手に包まれる。
懇願するような物言いに、立ったまま、呆然としてしまう。
彼は私の手を掴んだまま立ち上がると、
「俺と約束してくれ。─私なんか、は、」
「言わない?」
「うん」
「……わかった」
何なんだろう。彼は上半身を曲げ、懇願するように朱音と目線を合わせてきた。
あまりにも真っ直ぐで綺麗な瞳が、相変わらず何を考えているのか読めなかったが、優しさを孕んでいて、どこか懐かしさを覚える。
自然とタメ口で返事してしまったが、彼は気にしていないみたいだから、良しとしよう。