「─初めまして」
「……」
無愛想。氷のような美男。愛想を捨ててる。
─散々な噂が理解できるほど、ぴったり。
挨拶しても、基本無視。喋らない、笑わない、ただ無言で、珈琲を呑んでいる婚約者との間のテーブルの上には、彼の名前と判が押された婚姻届。
(提出するのは、早い方が良いよな)
─あの後、千陽さんのご好意で、とても高いホテルに泊まらせてもらうこと数日。
伯母や従姉妹の尻拭いをする必要が無いどころか、鬱憤晴らしに使われる日常からも解放されて、好きな物食べて、好きなことして、両親が死んでから初めて、身も心も潤っている日々を過ごしていた。
そして、今日。
部屋に訪れた婚約者は15分程無言で、珈琲だけを啜ってる。
「書きますね」
相手するのが面倒になってきたので、ペンを手に取って、サラサラと書いておく。
名前と、判と…他の必要なところは千陽さんがどうにかしてくれるらしいし、任せよう。
とりあえず、何かのファイルに入れて、この婚姻届を提出するのは、千陽さんに預けよう─…そう思って立ち上がった瞬間。
「─11年前の、パーティー」
「?」
「覚えていますか」
やっと口を開いた婚約者様─橘千景(24)は、真っ直ぐに朱音を見て。
「11年前……?」
それは、両親が亡くなる前に出たパーティーだろうか。二人と行った、最後のパーティー。
色々ありすぎて記憶が混ざってるが、確か。
「冬の、ですか?」
「……」
良い意味でも、悪い意味でも忘れられないそのパーティーは、朱音の記憶に深く刻まれている。
何故なら、その後すぐにパーティーの主催者であった冬の名家─柊(ヒイラギ)家は滅んだからだ。
「そこで、貴女は」
「?」
私が、何をしたというのだろう。
「………………やっぱり、何でもありません」
「はあ…?」
煮え切らない男である。
綺麗な顔をしてるが、それだけだ。
やはり、結婚するならば、千陽さんの方が─…。