「朱音さん」
「はい」
「貴女の望みを何でも叶えるので、契約結婚をしてくれませんか」
「……そうして、緋ノ宮の全てを貴方に渡せと?」
分かりきっていた話の終着点。
朱音がそう聞き返すと、彼は笑って首を横に振る。
「後程、資料にて認めさせて頂きますが、離婚の際に緋ノ宮の全ての権限は貴女にお返しします。そうですね。貴女が完全に成人する、20歳を区切りにしてもいいかもしれません」
「……」
「悪い話では無いと思います。貴女は家から出た方が良いです」
「……何でも、願いを叶えてくれるんですか」
「ええ。叶えます。叶えさせますよ」
凄く悩む誘いだ。条件が良過ぎる。
そんな契約結婚を朱音に持ちかけて、彼に何の利益があるのか。
「…貴方は誰ですか」
「おや」
「今日のお見合い、三大名家のひとつである橘家とのお話のはずです。そちらのご両親もおらず、写真とは違う男性……悪戯ですか?」
「いいえ?」
「じゃあ」
「橘家の人間であることは嘘ではありません。写真の男は、僕の双子の兄なんです」
「え……」
「二卵生なので、似てはいないんですが。兄は美男でしょう?彫刻のように綺麗で。僕は父に似たのです。なので、兄のような綺麗な顔立ちはしてませんが、これでも、美男と…」
「ええ、とても美男ですよ。お兄さんとはタイプが違いますが。私は正直、貴方の方がタイプです。…お兄さんの方は、中性的な見た目なんですね?」
「……」
「?、あの?」
写真を広げて、兄の顔を見てみる。
確かに彫刻のように綺麗な顔ではあるが、あまり心は揺さぶられない。そもそも、恋愛のれの字の経験も無いので、恋が何かわからないが、顔のタイプで言うなら、目の前のこの人だ。
若干、冷たい印象を抱く写真の美男と違い、空気がほわほわしているような優しい、穏やかな雰囲気。優しい人なんだろうなぁって、妙な安心感を感じさせてくれる姿は、また違う魅力があった。
「─貴女、普段から言葉が直球すぎると言われませんか?」
「いえ、特には」
何か変なことを口にしたのだろうか。
自覚は無いが、私は良くも悪くも素直だとはよく、高校の友達に言われている。
「そうですか…………あいつ、大丈夫かな」
「?」
彼が頭を抱えて何か呟いたけど、よく聞こえない。
「─気を取り直して!結婚して欲しいのは、僕の兄となんです」
「この写真のイケメンと?」
「ええ」
「……」
写真だからか、あまり悪い印象は抱かない。
でも、彼が自分の結婚相手となると、むず痒い。
それが例え、契約によってなされるものだとしても……橘家は昔から付き合いがあった。
それこそ、両親が生きていた頃の話だが、当主夫妻はとても穏やかで優しい人達だったことを覚えている。
「離婚の際には、1生涯、遊んで暮らせるだけのお金をお渡しいたします。お渡しの仕方は自由ですが、毎月振込でもなんでも……」
─三大名家の中で1番を決めるならば、圧倒的に橘家だと言われるほどの金持ちである。
だからこそ、悩んでいる朱音にこんなことを言うのだろう。
そんなに朱音と契約結婚をなそうとする意図は読めないが、やっぱり悪い話では無いかもしれない。─物凄く、怪しい話ではあるが。