「……1ヶ月ほど前、四ノ宮家ではひとつの屋敷が全焼してる」

「そうね」

「そこは、彩蝶の私室があったな」

「うん。それが?」

「彩蝶!」

「大丈夫よ。国は滅ぼさないわ」

……千景様は、彩蝶様を責めたいんじゃない。
朱音は彼の手をそっと、自分の肩から外す。

「朱音……」

「大丈夫です」

足は震えている。大丈夫じゃないかもしれない。
ううん、大丈夫じゃないといけない。この人は。

「─貴女は、何も悪くないです」

何とか、彼女の前まで行く。
ほんの少しの距離だったのに、恐怖が身体を侵食して、前に上手く進めなかった。

手も震えている。─でも、伝えなければ。

「彩蝶様、初めまして。朱雀宮家分家、亡き緋ノ宮仁(ジン)の第1子、緋ノ宮朱音と申します。この度、橘家嫡男橘千景様と御結婚させて頂く運びとなりました。よろしくお願いいたします」

朱音は微笑んだ。
勢いで握った彼女の手。
朱音と同じように、震える手。

「……私、そんなつもりはなかったのよ」

声が震えている。田舎から連れ出された、四ノ宮家当主。敵しかいない日々の中で、与えられたものは最悪で、彼女は自分の無意識にやってしまったことを気にしないように。

「“死んじゃえ”って思ったの……」

「はい」

─この家の空気は厳かなんじゃない。
そばにいる使用人達は、お辞儀をしているのではない。─怯えているのだ。目の前の、彩蝶様に。

「本当にどうでもよかった。今でも、後悔してないわ。でも、私のせいでっ」

“国は滅ぼさない”─それは、何を意味するのか。
“四季家”の宗主(橘、朱雀宮、桔梗、柊の当主)は、何かしらの力を持って産まれてくる。

ならば、その代表の四ノ宮家当主だって、何かしらの力を持っているはずだ。

「私のせいでッ、紫苑(シオン)は……っ!!」

大切な人の名前だろうか。
彼女は快活さを失い、石畳の上に座り込む。
そして、泣き出してしまった。