「私の恋人が、愛妾なんかになることはないよ。そして、私が結婚することもない。私は既にこの家と結婚してるし……叔父様は、私を手に入れれば、四ノ宮家の全てが手に入ると思ったらしいよ」

そう言って、にこりと笑う彼女は妖艶で、冷たくて、何故か、背筋に寒気が走った。

とてもとても美しいが、すごく怖い。
この感情を、なんて表せばいいのか。

分からなくて、朱音は自身を抱き締める。
すると、それを見た千景様は自身のジャケットを朱音の肩にかけて、抱き寄せてくれた。

「!?ち、千景様……」

「すまない。少し我慢してくれ。寒いだろう?」

心配そうに言われて、彼の行為を否定できなかった。そうだ。私達は夫婦になるのだ。
だからこそ、これくらいのことで恐れ多いなんて言ってはいられない。

「……襲われたのか」

「うん。寝込みをね」

楽しそうに声が弾んでいる。─けど、内容は。

「当主の部屋まで、どれほどの護衛がいると思っているんだ?そいつらは……」

「ある日突然現れた、死んだ先代当主の隠し子なんて認められると思う?」

千景様の言葉に被せるように言った彩蝶様は、空に向かって両手を広げた。

「認められるわけないよね!皆、無視したんだ!私の心が折れればいいって!逃げ帰ればいいって!穏やかな日常を壊して、連れてきたのはアイツらなのに!私は大人しく、叔父様の子供を産んで、この四ノ宮の、ひいては、“四季家”の発展の歯車になればいいって!」

今にも泣きそうな悲痛の声に、朱音は胸を締め付けられる。
肩を抱く千景様の手にも力が入っていて、これまで知らなかった皆様の苦悩を思い知る。

「私は、私の産みのお母様にそっくりなんだって!そりゃあそうよね。だって、娘だもの!だから、叔父様は私を手に入れようとした。初恋の人は、兄に取られたから!」

最低な話だ。夜中に、寝ている時に、恋人や慣れ親しんだ家族と引き離されて、人々に全てをずっと見られている生活の中で。

「考え方が、本当に古臭い!だからこそ、私は田舎に隠されたんだと思うけど!女について行きたくないって!だから、私は当主になったの!」

「……叔父や見放した人間は?」

千景様の訊ねに、また笑う彩蝶様。

「知りたいの?」

その笑顔は、本当に美しい。けど、怖い。
千景様が抱いていてくれなかったら、朱音は今にも膝を折って、座り込んでいる。

口を挟めない。挟む余裕が無い。