だからこそ、火神は夢を見た。
緋ノ宮だった朱音は何度もお会いしたことがあるが、それを口にしなかった。
幼い頃の話だが、子供心によく覚えている。
両親の親友であり、大きな声で笑う人。何よりも面白いものが大好きで、常に面白さを優先する。

両親からは『真似してはダメだよ。性格が悪くいらっしゃるからね』と言われていたし、不敬として怒るべき場面で、当主は『こんなに善良な親友を捕まえて、お前はなんてこと言うんだ!』と楽しそうだった。

─だからこそ、嫌な予感がしたのだ。
火神の誕生が許されたこと、今回、簡単に取り潰す話が出ていることに。

(飽きたんだろうな……)

そう思えてしまうくらい、朱雀宮の当主は面白いことが大好きな人だった記憶がある。
勿論、それだけで朱雀宮様を判断出来ないので、朱雀宮様については知らぬ存ぜぬで通すが。

「結局、火神に緋ノ宮の代わりは無理だったのね」

彼らが夢見ていた地位。
馬鹿馬鹿しいと聞きながら、床を拭いた記憶。
その後、数時間かけて綺麗に拭き上げた床に泥を撒かれた時は、どうしてやろうかと思ったっけ。

「朱雀宮が遊びに本気になるわけないよ」

朱音の独り言に、千景さんは言った。
千景さんは朱雀宮と並ぶ橘。
彼が言うならば、それが真実だろう。

「─それもそうですね」

別に心は痛まない。ただ、真っ当に生きてさえいれば、本当に緋ノ宮と入れ替われたかもしれないのに、と、彼らの愚かさを思い出すだけ。

その後は火神家の裏事情を全て話す時間に移り、淡々とした事務的なそれが終わったあとは、千景さんと四ノ宮家の当主に挨拶に行くことに。

自分の発言のせいで失われるものの重さと、自分の発言で救われるものの重さを実感しながら、朱音は千景さんと共にホテルの部屋を後にした。