「航平……優しいね」

「優しくなんかないけど」

これは本心だ。優しくなんかない。自分の欲に忠実なだけ。

いつか繭香の心が欲しい。
俺だけに向ける繭香の笑顔が欲しい。

繭香以外、何も欲しいものなんてない。

俺は気づけば繭香をそっと抱きしめていた。

すぐに繭香の体が小さく跳ねて、頬を濡らした顔をそのままに俺を見上げた。

「航、平?」

「俺も失恋したから、ちょっとだけこうさせて」

「…………」

繭香は何も言わない。
俺もそれ以上何言わない。

多分お互いにわかってる。ここで何か答え合わせをひとつでもすれば、俺たちの関係は変わってしまうから。

繭香は俺の背中に両腕を回すと、俺の胸に顔を埋めてまた暫く泣いていた。

繭香の涙に込められた意味も真意もわからない。ただ、少しでも俺のために泣いてくれてたらいいのにな、なんて思う自分は本当にどうかしてると思う。確かめる勇気もないクセに。

言葉にせずに伝わることなんて、この世には何ひとつないのに。

二つ並んで置かれたマグカップから湯気が消え、わずかに残っているコーヒーがすっかり冷めた頃、ふいに繭香の体が俺に預けられた。

そっと繭香の顔を覗き込めば、泣き腫らした目をそのままに静かに寝息を立てている。

「……マジか……」