「そういや繭香が前貸してくれたミステリー小説も面白かったわ。犯人が博士だなんてな」

「ああ、でしょ? 私も完全騙された」

「って、やば。急げ、あと二時間ちょいしかねーじゃん」

航平が公園の背の高い時計を指差すと、並んで歩くスピードを僅かに早めた。

恋の推理も駆け引きも計算もうまくできない私だけど、気づけば恋の痛みはほんの少しだけ和らいでいる。ほんの少しだけ瘡蓋になっていく。

「もう少しゆっくり歩いてよ」

「コーヒー飲む時間なくなんだろ」

夜空にはぽっかりと満月が浮かんで仄かな優しい光を放っている。

恋が終わったこの夜は、やっぱり切なくて悲しくて胸が痛い。

乾いた涙はまた直ぐに零れ落ちそうになる。
でも泣き明かす筈だったこの夜は何故だか思っていたより嫌じゃない。

「ねぇ、何のコーヒー淹れてくれるの?」

「繭香の好きなカフェラテ。生クリームつき」

「えっ、なんで知ってるの?」

「さあな」

ケラケラ笑いながら航平が屈託のない笑顔を見せる。

コーヒーを飲み終わって、この夜が明けたとき私の中の一部は変わるのだろうか。

「ねぇ」

「ん?」

「航平、ありがとう」

ようやく言えたお礼の言葉に航平が切長の目を大きくしてから、プイッと顔を背けた。
僅かに航平の頬が赤いのは気のせいだろうか。

「別に暇だし」

「ふぅん」

何もかも不確かなまま、答え合わせをしないまま夜が更けていく。 

でも一つだけわかっているのは、航平の隣は案外、居心地がいいなんて思ってる私がいることだ。


今夜はまだ──恋かどうかは別として。






2024.6.14 遊野煌