「泣いていいからな」

航平は真顔で私にそう言うと、黙って私の花火に火を点けた。すぐに手に持っているスパーク花火から煌びやかな火花が舞う。その星を散らしたような輝きを見つめながら私は静かに口を開いた。

「……五年間……課長が好きだった……」

「うん……」

「課長は頼りになるし優しいし……褒め上手だし……仕事失敗しても叱るんじゃなくて指摘して励ましてくれて……仕事の楽しさややりがい教えてくれたのも課長だった」

小さな火花が躍って消えてを繰り返す(さま)を見ながら、私は課長との五年間を振り返る。

「仕事で集中すると顎に手をかける癖も、照れたときに前髪を握る仕草も、笑うとくしゃっとなる笑顔も……大好きだった」

航平は私のスパーク花火が終わると、すぐにまた別の花火に火を点けて私にそっと手渡す。

「ごめん。なんか本で読むと泣けるのに私がやると笑けてくるね」

「そんなことない。俺は真剣に聞いてるし」

「う、ん……」

こうやって小説のヒロインの真似をして失恋の痛手を消化しようとしている自分がひどく滑稽に思えて、そう口にしたが、航平は真剣な顔をしてただ花火だけを見つめていた。

そして私が黙っている間も航平は次々と花火に火を点けていく。二人の間の静寂を彩るようにいくつもの花火が煌めいて儚く咲いては消えていった。


「繭香」

航平が残りわずかとなった花火を私に差し出した。

言われなくてもわかっている。
まだ全然足りない、まだ心の中にくすぶっている。五年間の想いがどこへも行けずに涙と一緒に蹲っている。