◯学校/本校舎・昇降口(朝)
朝7時。既にちらほらと登校している生徒たち。
(お化け屋敷、脱出アトラクション、縁日のゲーム)
(フォトスポット、アートギャラリー)
(いろんな模擬店や屋台)
(軽音部や演劇部など多くのステージ企画)
(それから、ミスター・ミスコンテスト――)
靴箱に立つ小百合。
(文化祭1日目)
小百合(――よし)
「がんばろっ!」
キラキラとやる気に満ちた顔で、小さくガッツポーズする小百合。
◯同・廊下(同)
【関係者以外この先出入り禁止】の張り紙がされた机が、廊下のド真ん中に1つ。その奥には手前から第3、第2、第1多目的室の3室のみ。
小百合(この先に行けるって)
(ちょっと優越感あるなぁ――)
ミスター・ミスコンテスト用控え室になっている第2多目的室に入る小百合。
小百合「おはようございますっ」
ちらほらと挨拶を返す数名の生徒たち。
3年女子「おはよ~。上田さんは衣装班だよね?」
小百合「はいっ!」
じゃあこれ、と3枚の衣装リストを貰う小百合。
3年女子「聞いてると思うけど、第1が女子の着替え、第2が控え室、第3が男子の着替えね」
説明の傍らプリントを見る小百合。各見出しは、1日目:クイズ企画、2日目:料理企画、3日目:ファッションショー。
3年女子「と――最優先はこれね」
もう1枚プリントを貰う小百合。
小百合(ファイナリストの30人だ――!)
3年女子「手伝ってくれてホント助かるよ~。朝早いし、他の準備でなかなか人手集まらないから」
小百合「全然だいじょーぶです!」
(フライングで結果知れるなんて私得♪)
リストに【2年7組 榎本成弥】を見つけ、嬉しさを噛みしめる小百合。
ポスターできたー、と入ってくる生徒。
◯同・昇降口付近(同)
壁に貼られていた60名の候補者ポスターをファイナリスト30名に張り替え作業中。脚立に登っている男子生徒と、下側を担当している小百合、他数名。
3年男子「校内投票で半数に減ったとはいえ多いな」
小百合「ですね……」
苦笑いする小百合。
小百合「このポスター、本人に返すんですよね?」
3年男子「文化祭終わったらね。期間中はほら、知ってるやつは書きに来るから」
剥がしたポスターの1枚を見る小百合。ぽつぽつと候補者への応援メッセージが書かれている。
小百合(実行委員にならなきゃ、きっと知らないままだった)
(応援してるって、ちゃんと届くんだ)
小百合(私も書こうかな)
登校してきた雅臣と目が合う小百合。
小百合「おはよう菊池くん、早いね」
雅臣「聡がサッカー部の方で準備あったから」
7組にいる幼馴染、と補足する雅臣。栗色のフワフワ猫毛頭。
雅臣「ファイナリストに入れ替えてんの?」
小百合「あっうん」
ポスターの交換作業へ目を向けている雅臣。その横顔を見る小百合。
***
〈フラッシュ〉
1年・2年と、クラス代表選考のときに『無理』しか話さなくなる雅臣。
***
小百合の視線に気づく雅臣。
雅臣「俺は興味ない」
小百合(こ、心読まれた――!?)
雅臣「っていうか、勝ってほしいやつがいるから並びたくない」
小百合(それって――)
雅臣「上田さんも大変だね。クラスにこれに、部活もだっけ?」
小百合「あっ、うん。でも美術部は展示だけだから」
雅臣「そっか。頑張って」
踵を返す雅臣に、ありがとう、と声をかける小百合。
小百合(勝ってほしい人――か)
作業へ戻る小百合。
小百合(文化祭が終わったら、また遠い存在になるのかな……)
小百合(廊下ですれ違ったとき気軽に話せるくらいの)
(そういう関係になれるように、頑張りたいな)
◯1日目ダイジェスト:業務に追われる小百合と成弥
ミスコンの衣装班。第1多目的室にて、クイズ企画の黒いローブを候補者たちに配っているジャージ姿の小百合。
模擬店の調理班。簡易的に組まれた調理室にて、2枚のパンケーキを乗せた皿にミントを添えているジャージにエプロン姿の小百合。
各教室、校内放送でテレビ中継されているクイズ企画。小百合が調理の傍ら観ている。
クイズ企画で頭から白い粉を被った成弥。称えられている勝者の横で、黒ローブ・伊達メガネ姿でくしゃっと笑っている。
濡れた髪、首にタオル、制服姿で屋外を歩いている成弥。写真を撮って欲しいと私服女子に頼まれ、にこやかに対応している。
◯同・第2多目的室/ミスター・ミスコンテスト用控え室(日中)翌日
(文化祭2日目)
机に突っ伏しているコックコート姿の成弥。
莉央奈「キングの余裕ってやつ?」
左隣の机に軽く腰かける制服姿の莉央奈。
莉央奈「みんないろんなとこに顔出して名前売ってるみたいだよ」
スマホをいじり始める莉央奈と、突っ伏したままの成弥。
成弥「副賞圏内じゃないと忙しさに見合わないしな」
莉央奈「“優勝目指してる”じゃないんだ?」
莉央奈を見上げる成弥。
成弥「俺がいるから無理」
莉央奈「……否定できないのがズルいなぁ」
莉央奈が成弥にスマホを渡す。
SNSの文化祭アカウント。伊達メガネでキメている成弥の写真に『カッコイイ』『ヤバい』『これで笑ってるとき可愛すぎた』等、多くのコメントがついている。
成弥「そっちはどう? 去年のクイーンは卒業したし、1位確定じゃねぇの?」
スマホを返し、頬杖をついて向き合う成弥。
莉央奈「んー。こういうのって各学年の組織票みたいのあるしねぇ……。1年生の頑張り次第じゃない?」
前のめりになり、顔を近づけて煽るように笑う莉央奈。
莉央奈「mixが揃ってたら成弥も危うかったかもねぇ」
視線を合わせたまま、フッと微笑んで成弥がいなす。
莉央奈「そういえば聞いた? ラクガキの件、自作自演じゃないかってウワサ」
成弥「は? 俺になんのメリットがあんの」
莉央奈「そうじゃなくて。成弥に取り入るためにやったってこと」
成弥(……リリーが?)
呆然とする成弥。
莉央奈「いままでもいたでしょ。恩を売って思い通りにしたがる子」
***
〈フラッシュ〉
1話/小百合
『見せかけの王子様――でしょ?』
3話/小百合
『成弥くんには本物の王子様になってもらいたいです』
4話/小百合
『“見た目だけで勝負しない”ってことにしませんか』
***
莉央奈「成弥」
目線で出入り口をさす莉央奈。
開きっぱなしのドアに身を隠している人影。知らない女子制服の後ろ姿がわずかに見えている。
成弥「莉央奈、ちょっと待ってて」
莉央奈(ふーん。こっちを優先するんだ)
隠れていた女子の顔をうかがうように首を傾げる成弥。
成弥「誰か探してんの?」
小百合「あっ、ご、ごめん! 邪魔しないように待ってたんだけど」
セーラー服姿の小百合に驚き、固まってしまう成弥。
小百合「成弥くん?」
成弥「……調教願望の次はノゾキ趣味?」
何事もなかったように、にこりと微笑む成弥。
小百合「なっ! だから私は邪魔しないように――っ!」
からかわれてると気づき、困り顔で呆れる小百合。
小百合「それ、借り衣装だから脱いでください」
成弥「いいよ」
「ここで脱がしてくれんの?」
艶めかしくドアに寄りかかる成弥。
小百合(なっ――――ッ!)
「あっち! 着替えは第3!!」
慌てて隣の教室を指さす小百合。
りょーかい、と言いながら第2へ踵を返す成弥。頬を紅く染めながらも、喜びも怒りもできない複雑な小百合。
成弥「――さっきの話」
待たせていた莉央奈に声をかける成弥。
成弥「俺はいいよ。まんまと罠にはまってたとしても、別にいい」
あ然とする莉央奈。
一方的に話して去っていく成弥を、莉央奈が冷ややかな目で見る。
◯同・第3多目的室/ミスターコンテスト着替え室(同)
暗幕で囲まれている室内。候補者ごとにずらりとハンガーラックに並んでいる衣装、テーブルに小物類、着替えスペースはパーテーションで仕切られている。
床にペタリと座り、コック衣装をサイズ分けしながら畳んでいる小百合。
小百合(作業してていいとは言われたけど――)
着替えスペースに背を向けているものの、意識せずにはいられない小百合。
パーテーションの奥で制服に着替えている成弥。
小百合「な、成弥くんの料理ゴーカイだったね」
成弥「見てたんだ?」
小百合「あっ、うん。放送部のテレビ中継で」
成弥「へぇ」
会話が途切れてしまい、ソワソワと髪を耳にかける小百合。
成弥「てかなんでセーラー服着てんの?」
小百合「えっ、あっ、うちのクラス“純喫茶”だから」
成弥「不純喫茶だろ」
ふふっ、と思わず笑ってしまう小百合。
小百合「“純真喫茶”だよ」
成弥「なにそれ」
小百合「みんな中学の制服でやってるの。衣装代が浮いた分、ご飯とかコーヒー美味しいよ」
成弥「へー。あとで雅臣んとこ行くのもアリか」
着替えを終えて出てくる成弥。
笑いを堪え、小百合の後ろ姿がプルプルと震えている。
成弥「なんで笑ってんの?」
小百合「き、菊池くん……ズボンの丈、短くて……ふふっ」
ひとりで楽しそうな小百合と、楽しくなさそうな表情になる成弥。
成弥「着替え終わった」
小百合「あっ、ありがとう!」
振り返る小百合。
成弥「いいね、セーラー」
成弥が小百合の眼の前でしゃがみ、目線を合わせる。
成弥「俺、脱がせたことない」
はらりと胸元のリボンを解く成弥。
小百合「えっ、ちょっ――!」
小百合の後頭部に手を回し、リップ音を立てながら耳にキスする成弥。肩を押し返すように小百合が抵抗する。
小百合「な、成弥くんっ――」
繰り返されるキスに、成弥の肩口でぎゅっとシャツを握る小百合。震えている小百合の手を成弥が横目に見る。
成弥「止めたいなら本気で嫌がりな」
囁き、小百合の耳に歯を立てる成弥。
小百合「んっ」
首筋に沿って成弥が徐々にキスを下げていく。
成弥「この制服で、こういうことされたことある?」
真っ赤な顔でふるふると首を振る小百合。
成弥「じゃあ、したかった人は? いた?」
するり、と背中へ手を滑り込ませる成弥。
小百合「…………」
反応がなくて動きを止める成弥。肩口にあった小百合の手もいつの間にか緩んでいる。
成弥「リリー?」
小百合「あっ……」
バツが悪そうに目を逸らす小百合。
潤んだ瞳とは相反する態度に、成弥が違和感を覚える。
成弥(そういや前にも――)
成弥「ごめん。やりすぎた」
小百合「ちがっ――!」
成弥「……違うんだ?」
探るように問われて、今度は真っ赤になって俯く小百合。
成弥「リリー。また遊ぼ」
余韻を一切残さない雰囲気で、さらりと離れていく成弥。
◯同・廊下(同)
女子の視線を感じながら校内を歩く成弥。ズボンに手を突っ込むと、カサリ、と何かが入っていることに気づく。
折りたたまれていたメモ紙を開き、またポケットに戻す。
はぁ、と肩を落とすようにため息を吐く成弥。
◯屋外・屋台が並ぶエリア(日中)
飲み物を買おうと列に並んでいる小百合。先程のことを思い出し、首に触れながら頬を赤らめる。
小百合(また遊ぼう、か……)
莉央奈「暑いね」
隣に並んだ莉央奈が微笑む。
小百合「あっ、うん。そうだね」
突然のことにぎこちなく取り繕う小百合。
小百合(去年の準ミス――)
(やっぱ綺麗だなぁ。まつ毛長い)
小百合(成弥くんと仲いいのも、むしろ当然というか……)
***
〈フラッシュ〉
第2多目的室でのワンシーン。
ドアに隠れて佇む小百合と、親密そうな距離感で話している成弥と莉央奈。
***
莉央奈「お昼食べた?」
小百合「えっ! あ、まだ」
莉央奈「わたしも。ミスコンやってるとゆっくり回る時間ないよね」
少し離れた場所で、ほら行ってこいよ、とヒソヒソ話している私服男子たち。
小百合(裏方の私よりよっぽど大変だろうな……)
莉央奈「かくれんぼって成弥の招待だったの?」
小百合「えっ? 招待……なのかなぁ」
ん?と莉央奈が首を傾げる。
小百合「私は招待状?を配るの手伝って、その流れで誘われたから。菊池くんもいたし」
莉央奈「あー、成弥の気まぐれに巻き込まれた感じかぁ」
飲み物を買いながら話を続ける2人。
莉央奈「あれ、mixの3人と沙耶とわたしでメンバー決めたんだよね」
「だから当日になって、知らない子いるな~って気になってたんだ」
にこりと大人っぽい笑顔を向ける莉央奈。
莉央奈「あっ、ちょっとだけこれ持っててくれない?」
歩き出してすぐ、小百合に飲み物を預けてたこ焼き屋へ走る莉央奈。2袋下げて戻ってくると、うち1つを差し出す。
莉央奈「これあげる」
小百合「えっ! あっ、じゃ、じゃあお金――」
莉央奈「いらないよ。これ、私の副賞だから」
押し切られる形でビニール袋を受け取る小百合。
莉央奈「去年準ミスに選ばれて、絶対今年も出るだろうなーって思ってたからさ。並ばずに買える飲食用チケットをお願いしたの」
***
〈フラッシュ〉
昨年の文化祭。
屋台の列から外れて写真撮影に応じる莉央奈。
莉央奈のために買い出しに走ってくれる友達や、ミスコンスタッフ。
***
莉央奈「ねぇ、上田さんの理想の王子様ってなに?」
小百合「……え?」
莉央奈「成弥たちが話してた」
「『本物の王子様になって』って言うくらいだから、理想があるんでしょ?」
驚くことが多すぎて全く言葉が出てこない小百合。
莉央奈「俺様王子もヘタレ王子も、色々いるよね」
小百合(理想……?)
(私の理想は……)
次第に表情が消えていく。
小百合(私は……)
莉央奈「自覚したほうがいいよ。成弥とは釣り合わないって」
美人ゆえの威圧感を醸し出している莉央奈。
ドクン、と心臓が大きく脈打ち、血の気が失せていく小百合。
◯小百合の家・自室(夜)
常夜灯だけの薄暗い室内、放心状態でベッドに横になっている小百合。
◯回想:日中の続き
莉央奈「わたしはいまの成弥も十分に本物の王子だと思う」
「自分に自信があって、たまに気まぐれだけど、誰に対しても嫌な顔はしない」
真っ直ぐに小百合を見据える莉央奈。
莉央奈「でもあなたにとって、いまの成弥は見せかけの王子なんでしょ?」
莉央奈「――だったら、勘違いしないようにね」
(回想終わり)
小百合(……間違ったことを言ってるつもりはなかった)
小百合(恋心を軽視して、好感度のために利用されてたのが嫌だった)
(そんなことを、成弥くんにしてほしくなかった)
小百合(成弥くんが自分を安売りしてるのも、嫌だった)
***
〈フラッシュ〉
3話/中学のフラッシュ
『釣り合わないって自覚ないんだ?』
日中/莉央奈
『自覚したほうがいいよ。成弥とは釣り合わないって』
***
小百合(みんなの好きだって想いを尊重してほしいのに)
(求められるままに誰にでも優しくしないでほしい)
仰向けで、両腕で顔を覆う小百合。
小百合(矛盾だらけの、私のわがままだ――)
◯学校/本校舎・多目的室前の廊下(日中)翌日
(文化祭最終日)
服飾部主催のファッションショー準備で慌ただしいスタッフたち。
衣装が掛かったハンガーラックを運んでいる小百合。その感情が消えたような姿を、離れた場所から目で追っている成弥。