◯学校/本校舎・2組教室(日中)

 前話から3日、金曜日。
 昼休み。廊下側の小百合の席で昼食をとっている小百合と芽衣。

芽衣「今週ずっと来てるね、王子」
小百合「うん……珍しいよね」

 小百合がそろりと窓際の席へ視線を流す。自席で弁当を広げている雅臣と、その前席で窓を背にパンを開ける成弥。

小百合(あの日から3日連続……)
 (まさか、ね……)


◯回想:前話の続き

 旧校舎の屋上から出ていこうとしている郁巳、成弥、雅臣、小百合の4人。

成弥「そもそもリリーって好きな人いんの?」
小百合「え?」
郁巳「成弥だろ」
 チラリと小百合を振り返る郁巳。
成弥「俺をけなす度胸あるなら既に何かしらアクションしてるって」
郁巳「お前が気づいてないだけとか」
雅臣「それはない」
成弥「ないわ」
郁巳「だよなー」

 何も答えられず、気まずい小百合。

成弥「まぁいいや。リリーを観察してたらわかるだろ」
 立ち止まり、小百合に挑発的な顔を向ける成弥。

(回想終わり)


 弁当を食べながら成弥の横顔を上目で見る雅臣。
雅臣「なあ、いつまで続くのこれ」
成弥「なにが?」
雅臣「フリーWi-Fi並みに視線飛んでる」
成弥「そんなんどこにいても一緒じゃん」

 教室内や廊下にいる女子たちがチラチラ、ヒソヒソと浮ついている。ウンザリした様子の雅臣。

成弥「雅臣が付き合ってくれんの意外だわ」
雅臣「ここに俺がいなきゃ不自然だろ」

 たしかに、と笑う成弥に雅臣が冷ややかな視線を送る。

雅臣「Hide and Seekの写真」
 意味深に呟く雅臣。
 平然とブラック缶コーヒーを傾ける成弥。
雅臣「あれ、逃げる側のフリして盛り上げるつもりかと思った」
成弥「そうだよ?」
 「花火大会に誘われた子も何人かいたし。俺を見つけたら2人きりだよ~みたいな」

 窓にもたれる姿勢で小百合を視界に捉えている成弥。こちらを意識している小百合とふいに目が合うが、バッと勢いよく逸らされ、口元を手で隠して笑いを堪える。

雅臣「生徒が普段行き来しない場所だけなんだろうな、消火器が床置きされてるの」

 独り言のように話す雅臣に、あれ?っと苦笑いする成弥。

***
〈フラッシュ〉
 校内の消火器。廊下や昇降口などは非常ベル横に戸付きの埋め込み型、体育館や渡り廊下は壁掛け型。

 廊下側のドアから応接室へ入る成弥や雅臣、郁巳。床置きされている消火器は手前の飾り棚で死角になっている。
***

成弥「なんで気づいた?」
雅臣「1回だけ、承諾書のコピーで職員室行って、俺もアレにつまずきそうになった」

 お前もかよ、と面白がる成弥のスマホが鳴る。

成弥「はーい。先輩どした?」
 「…………うん、いーよ。今からいく」
 成弥が電話に応じている間に弁当を片付ける雅臣。

成弥「雅臣、見て」

 成弥がスマホのメッセージ画面を向ける。
 小百合【放課後、旧校舎の屋上で話せませんか?】

成弥「誘われちゃった」
 無反応で立ち上がる雅臣。
成弥「おーみ。怒んなよ」
雅臣「……臣って呼ぶな」
 成弥を睨み下ろす雅臣。



◯同・個人用の音楽練習室(同)

 5室並ぶうちのワンスペース。窓が1つ、グランドピアノが置いてあるだけの小部屋。

 上半身裸でピアノ椅子に座っている成弥。
3年女子「ねぇ成弥、放課後ひま?」
 制服を整えている先輩女子。
成弥「今日は先約入ってる」
3年女子「そっか~。N校の子がね、成弥に会ってみたいんだって」
成弥「へぇ」
 興味なさそうに黒いタンクトップを着る成弥。
3年女子「その予定、絶対今日じゃなきゃダメ?」
成弥「…………」

 無言でワイシャツを羽織り、ネクタイ拾う成弥。そのまま部屋を出ていこうとする。

3年女子「え、ちょっ、成弥――」
成弥「先輩、そろそろ授業始まる」
 会話を遮り、振り返りもせず去る成弥。



◯同・2組教室(同)

 午後の授業が始まり、文化祭の話し合いが進行中。

進行役男子「それじゃ、時間が限られてる人から教えてー」

 【役割分担 タイムスケジュール】【接客】【呼び込み】【裏方】等が書かれている黒板の前に立つ男女3人と、板書係として端に控えている小百合。
 だらりと座り、ぼんやり眺めている雅臣。

***
〈フラッシュ〉
 Hide and Seekスタート時のワンシーン。

 芽衣に手を振ってひとりで走り出す小百合と、気にかけるような眼差しを向けている成弥。その光景を傍目に見ている雅臣。
***

雅臣(独りになったのが想定外とはいえ――)
 (やっぱあの子に向けたヒントか)

 進行役のひとりに、どっちがいいと思う?と話を振られて困った顔をしている小百合。

雅臣(ドSの女王様……)

 意見を出し合う実行委員3人と、輪の中にいても口を閉じている小百合。

雅臣(つーか)
 (成弥に噛みつけるようなタイプじゃないだろ)



◯学校/旧校舎・屋上(放課後)

 フェンスに手をかけて佇む小百合。隣でフェンスに寄りかかっている成弥。

成弥「俺はいつまで待たされんの?」

 はっと顔を向けるが、すぐに眉を下げて顔を歪める小百合。
小百合(観察しないで――って自意識過剰だよね)
 (でも来週もこのままじゃ身がもたないよ)

成弥「焦らしプレイ?」
小百合「ちょっと、どう言えばいいか……」

 てっきり『ジロジロ見ないでっ!』と怒られると思っていた成弥。伏し目のままの小百合をじっと見つめる。
 唇を噛むように口を結んでいる小百合。

 すっ、と小百合の頬に片手を伸ばす成弥。小百合がビクッと肩を震わせる。
 撫でるような手つきで髪に指を差し入れ、後頭部へ回しながら顔を近づける成弥。

 ――ヴヴヴ…。
 尻ポケットでスマホが震え、成弥が動きを止める。

 ぎゅっと目を閉じ、ピクリともしない小百合。
成弥「なんで固まってんの?」
小百合「怪我、させたくないから……」

 はははっと笑いだして手を離す成弥。

成弥「まだ気にしてんだ?」
 
 成弥が腰を下ろすと、頬が紅い小百合もちょこんと座り込む。

成弥「……そこまで深刻に捉える必要ある? 好きな子がつけた傷なら大歓迎~って性癖のやつもいるじゃん」
小百合「私はいや、だな。傷つけたくないし、傷ついてほしくない」
成弥「俺も。価値が下がりそうだし」

小百合(ん?)
 (……ああ、成弥くん自身の話か)

小百合(フォローしてくれる流れかと思っちゃった)
 自惚れと噛み合わないもの悲しさで気がふさぐ小百合。

成弥「一応言っとくけど、リリーの好きな人はまだわかってない」
小百合「!! やっぱり!」

 にらめっこのように、ムッとした顔で成弥と視線を交える小百合。
小百合「気になるからやめてください」
成弥「俺は他人から見られてても別に気にしない」
 小百合の反応を楽しみ、さらりと言ってのける成弥。

小百合(そ、それは成弥くんだから――ッ!)

 言い返そうとしたが、一度は開いた口を閉じる小百合。
小百合(本当に気にならないなら、この場所は必要ない――はず)

小百合「もうすぐ文化祭だし、他の人を観察するほうが正しい恋愛を学べるよ」
成弥「だから恋愛するは気ないって」

 突然、ギィィッと音を立てて屋上のドアが開く。

成弥「雅臣じゃん」
雅臣「電話に出ろバカ」
 どこか疲れた様子の雅臣。



◯学校/本校舎・昇降口付近(同)

 何の説明もないまま雅臣についてきた成弥、と小百合。
 60名分のミスター・ミスコンテスト候補者ポスターの前に集まっている10数名の生徒たち。成弥の姿に気づいて緊張感が漂う。

小百合「なにこれ……」

 成弥のポスターに黒マジックで目隠し線のラクガキがされており、あ然とする小百合。隣の成弥を見上げると、無表情でポスターをじっと見ている。

 バタバタと走ってくる男子生徒。
男子A「ダメだっ! 写真のデータ持ってる子、もう帰ってた」

小百合(そっか。共用パソコンには保存しちゃだめだから……)

 場が騒然となり、遠巻きに野次馬がさらに増えていく。

 厳しい顔で話し合う集団を他人事のように眺めている成弥と雅臣。
成弥「生徒会にミスターコンの役員に、すげぇメンツ」
雅臣「そりゃ集まるだろ」
成弥「大げさすぎ」

 関係者も帰りがけの生徒たちも、独り言のように好き勝手に意見を口にする。

「とりあえず剥がすか?」
「榎本センパイだけないのはさすがに――」
「月曜までこのまま?」
「誰か呼び戻せよ」

 飛び交う声に紛れて、はぁ、と密かにため息を吐く成弥。

成弥「今から撮り直せば? 話題性もあっていいじゃん」
 驚き、ざわつく生徒たち。
役員女子「ま、まぁ、写真があればすぐに刷り直せるけど」
役員男子「でも榎本だけ写真変わってたら不自然――」
成弥「あのさ」
 「そんなん俺のわがままで通るだろ」
 キングの称号に相応しい堂々たる態度の成弥。

小百合(えっ……でも……)

 誰も反論できず、空気を読み合うように賛成の雰囲気が広がっていく。

 周囲の反応を気にする小百合。『さすがキング』『カッコイイ』という声に混ざり、『横暴じゃない?』『特別扱いかよ』とちらほら囁かれている。

小百合(成弥くんが責任を負うことじゃないのに――)

 悔しさを滲ませる小百合。他の候補者よりも一際目立つようになってしまったポスターを見る。
 役員たちが成弥のポスターを剥がそうと動き出し、小百合がキュッとスカートを握る。

小百合「あっ、あの!」
 役員たちに駆け寄っていく小百合。
小百合「5分……3分待ってくださいっ!」

 どこかへと走って行く小百合。その後ろ姿をぽかんと見ている成弥と雅臣。
 『あの子、誰?』『何があったの?』とざわつく野次馬。

成弥「カップ麺でも作ってくんのかな」
 白けたように成弥を横目に見る雅臣。
雅臣「……あれでお前を好きじゃないって?」
成弥「な。俺もナゾ」

 わずかに息を切らして戻ってきた小百合。手には5~6本の油性マジックの束。
 脇目も振らずポスターの前に立った小百合は、腕を伸ばし、つま先立ちで成弥の隣のポスターに目隠し線を書き込む。

 あっけにとられている役員たちを振り返る小百合。

小百合「まだ一週間あります。今年のコンセプト、“見た目だけで勝負しない”ってことにしませんか」

 冷静に、真剣な表情の小百合。さりげなく後ろに回している手が微かに震えている。

役員女子「……いいんじゃない? 結果が分かりきってる今よりは面白そう」
役員男子「学力勝負ってのもアリだよな」

 小百合からマジックを受け取る2人を皮切りに、脚立持って来るわ、と他の役員たちも動き出す。

 ほっと胸を撫で下ろす小百合のもとに寄ってくる成弥、と雅臣。

成弥「よくこんなん思いつくな」
小百合「成弥くんはいつも目立ってるから……隠してみた」
 照れを誤魔化すように悪ぶって笑う小百合。
 意表を突かれ、一瞬言葉を失う成弥。
雅臣「木を隠すなら――ってやつか」

 すっと手を差し出し、小百合からマジックを貰う成弥。
成弥「ありがと」

 候補者ポスターに目隠し線を入れる成弥。小百合に背を向けた状態で、目を細めるように優しく微笑む。


莉央奈「ねぇ、なにがあったの?」
 人だかりに声をかける三浦(ミウラ)莉央奈(リオナ)(2年)。セミロング・前髪なしのワンレングス、昨年の準ミスで身長165センチのスタイル抜群な美人。シャツはタックアウト、首元を開けてリボンやネクタイの代わりにネックレス。

 莉央奈の隣に沙耶。声をかけられた男子たちがドキリと反応する。

野次馬男子A「あ、なんか榎本のポスターが落書きされてたらしくて」
野次馬男子B「そうそう! この際全部にやっちゃえーみたいな?」
莉央奈「ふぅん」

 ラクガキ継続中の成弥へ視線を移す莉央奈。
 
成弥「これ気分いいわ」
小百合「成弥くん趣味悪いよ……」
雅臣「性格も悪いよな」
 打ち解け合っているような3人の姿――。