◯学校/本校舎・昇降口(朝)

 新学期、まだ生徒の姿がない早朝。壁時計は7時20分辺り。

成弥(カンダ……カンダ、カンダ……)
 2年2組の靴箱を順に見ている成弥。【上田】と書かれた靴箱をスルーする。
成弥(雅臣と同クラだよな……?)

成弥「いねぇじゃん」

 その場で雅臣に電話をかける成弥。

雅臣『……ん』
成弥「カンダさんってさ、まじで2組?」
雅臣『…………は?』
 着信で叩き起こされ、不機嫌な雅臣。
成弥「雅臣同クラって言ってなかった?」
雅臣『……そうだけど。てか朝っぱらからなに?』
成弥「いや、カンダさんが行方不明でさ」
雅臣『は!?』
成弥「2組の靴箱にないんだけど。もしかして、いじめとか?」

 数秒の沈黙ののち、雅臣の特大ため息が返ってくる。

雅臣『上田(ウエダ)って書いてカンダだぞ?』

 成弥の目前に、【上田】の靴箱。
成弥「あ。あったわ」
雅臣『……お前、なんでもう学校いんの』
成弥「ん? 雅臣もたまには早起きしたら? 毎晩盛ってないで――」
 一方的に電話が切られ、フッと笑みを零す成弥。

成弥「恋愛とかだりぃよな」



◯同・2組教室(日中)

 始業式後の空き時間、賑わっている教室。廊下側の自席に座り、机に広げた文化祭関連のプリント数枚をぼんやりと眺めている小百合。

芽衣「心ここにあらず、って感じ?」
 表情をうかがう芽衣に驚く小百合。
芽衣「始業式の間もボーっとしてたし」
 「珍しいよね、小百合が遅刻しそうになるなんて」

***
〈フラッシュ〉
 予鈴が鳴るなか、教室に駆け込む小百合。
***

小百合「あ、うん。ほんと焦ったぁ……」
 へへへ、と苦笑いする小百合。
芽衣「昨日、嬉しくて寝れなかったんでしょ?」
 ニヤニヤしながら小百合の耳元に顔を寄せる芽衣。
芽衣「よかったね、王子と2人で花火――」

 教室に成弥が入ってきて、周囲のざわつきで2人の会話が止まる。女子たちからの視線を気にも留めず、窓際の雅臣の席へ向かう成弥。
 その光景に、芽衣が表情を引き締める。

芽衣「小百合。もし何かあったら相談してね」
小百合「えっ? な、なにかって……」
芽衣「王子が屋上にいないの、ちょっとした騒ぎになってたからさ」
 (厄介な信者もいるって聞くし……)

小百合「ありがとっ!」

 にっこりと笑う小百合に、頑張ってね、と離れていく芽衣。

小百合(相談……したほうがいいのかな……)

***
〈フラッシュ〉
 今朝、小百合の靴箱に入っていた【屋上で待ってます】とだけ書かれた2つ折りのメモ用紙。
***

小百合(でも、ギリギリまで待ってたけど誰も来なかったし――)

沙耶「成弥置いてくよー」
 
 ふいに聞こえた呼び声に反応する小百合。
 応じる成弥と、ドアの側で友人たちと話しながら待っている沙耶。2人は小百合に見向きもせず、視線が合わないまま去っていく。

 疎外感を“当然のこと”として受け入れ、小百合の顔に虚しさが滲む。

 ――キーンコーン、カーンコーン。

 ロングホームルームの傍ら、物思いにふける小百合。

小百合(一緒に花火大会に行きたいと思ってた)
 (2人で花火を見れて嬉しかった)
 (でも、心から素直に喜べない)

小百合(どうしたらもっと近づけるのかな……)

小百合(夜の学校でかくれんぼをすると知って、“いけないこと”をする大胆さに疑問を感じなかった)
 (学校の鍵を持ってたときも、王子ゆえの恩恵だと納得した)

小百合(ちゃんと許可を取ってるとか)
 (準備のために借りた鍵だとか)
 (その“事実”を成弥くんらしいと思えるようになりたい――)


男性教師「じゃあ各自移動なー。キビキビ動けぇ」
 大掃除へと移行し、ガヤガヤと騒がしくなる教室。
 黒板に書かれた担当割りを見る小百合。
小百合(私は――1階の第3多目的室か)

雅臣「上田さん、これ」

 突然のことに不思議がる小百合。渡された2つ折りのシンプルなメッセージカードを開く。

 【 カンダさんへ

  Hide and Seekに来てくれてありがとう
  準備も手伝ってくれて助かった

                榎本成弥

   ほーかご 旧校舎の屋上に集合!!(※ここだけデカデカとなぐり書きされている)  】

小百合(えっ……え??)
 一見喜びそうになったが、様子がおかしい文面に困惑する小百合。

小百合「あ、あの……これって」
雅臣「あいつからのラブレター」

 さらりと言って去っていく雅臣。

小百合(ラブ、レター……)
 (怒らせるようなことはしてない、よね??)



◯学校/旧校舎・屋上(放課後)

 フェンスに背を預け、ムスッとした顔で座っている成弥。そばで正座している小百合。

小百合「……な、何分待ちました?」
成弥「5分」
小百合(たった5分で――)
成弥「ほんとは10分」
 ちらりと小百合を横目に見る成弥。
成弥「あーちがうわ。1時間だったかも」
小百合(1時間前って、それはただのサボり……)

 全く悪びれた様子がない小百合に、成弥がつまらなそうにため息を吐く。

成弥「待ちぼうけ食らったの初めてだったわ」

 きょとん、と目を丸くする小百合。
小百合「えっと、なんの話?」
 きょとん、と目を丸くして見返す成弥。
成弥「え? 靴箱にメモ入ってなかった?」
小百合「…………ッ! あれ成弥くん!?」

成弥「名前書いとくべきだったかぁ」
小百合「あの……用事って……」
成弥「ああ。それはもう済んだ。雅臣から貰っただろ」
 「直接渡そうと思ってただけだから」

***
〈フラッシュ〉
 青々とした空の下、ぼんやりと旧校舎(●●●)の屋上で座っている成弥。
 同じく、ぽつんと本校舎(●●●)の屋上に立っている小百合。
***

小百合(直接、貰いたかったな)

小百合「でも何でわざわざカードで……?」
 (かくれんぼのグルチャから連絡先わかるのに)
成弥「こっちが雰囲気出るかと思って」
 「恋愛に夢持ってんでしょ、カンダさんは」

***
〈フラッシュ〉
 小百合の中学時代、学校での一コマ。

女子A『――え、まじ?(笑)』
女子B『釣り合わないって自覚ないんだ?』
女子C『そうそう。普通ムリだって思うよね』
女子A『夢見すぎでしょ、上田さん』

 コソコソと笑う女子3人の話を聞いてしまう小百合。
***

表情を曇らせ、目線を下げる小百合。成弥の眼光が一瞬鋭くなる。

成弥「カンダさん、下の名前は?」
 ドキッ、と現実に引き戻される小百合。
小百合「小百合、だけど」 
成弥「ふーん。じゃあ……リリーか」
小百合「?? リリー?」
成弥「ん。カンダさんって呼びたくない」
 目を見開き、ときめく小百合。
成弥「念仏みたいに唱えすぎて軽くトラウマ」

 一変して小百合が眉を寄せる。念仏??とひとりで首を傾げている小百合に、穏やかな眼差しを向ける成弥。

成弥「おせーなアイツら」
 ぼそりと呟く成弥。

成弥「リリー、飲み物買いに行こ」
小百合「ぁ……うんっ!」

 先に動き出した成弥を、小百合がウキウキで追っていく。
小百合(リリー……♪)



◯屋外・自販機が並ぶ一角(同)

 自販機にスマホをかざす成弥。一歩引いて順番を待つ小百合。

成弥「リリーは何がいい?」
小百合「えっ」
成弥「俺が呼び出したし、おごる」
小百合「でも」
成弥「好きなのない?」

 自分の分を買いながら、女子2人がヒソヒソと話している姿を横目に捉える成弥。

小百合「あ、えっと……ミックスオレを」
 申し訳なさそうな小百合。
成弥「リリー、これ持って先に戻って」
 ミックスオレのボタンを押すと、小百合に目もくれず離れていく成弥。
 
小百合(え? ……あ)

 一瞬戸惑った小百合だったが、2人の女子が成弥に駆け寄ってくる光景を目の当たりにして、腑に落ちる。

小百合(モテ至上主義、だもんね)

 自販機からミックスオレを出し、きゅっと両手で握りしめる小百合。
小百合(あとで、ありがとうって言おう……)



◯学校/旧校舎・屋上(同)

小百合(ど、どうしよう)
 恐縮して、両手を脚の上に重ねて正座する小百合。
小百合(なんでmixが揃って来るの!?)
 (こんなのお礼どころじゃ)
 顔を突き合わせるように、小百合を交えて四方に座る成弥、郁巳、雅臣。
小百合(3人が一緒にいるのはレア、だよね?)
 (え? なんで? ていうか、ほんとにナンデ?)

雅臣「成弥、さっさと始めろよ」
成弥「は、俺?」
小百合(場違い過ぎる……)

 気だるそうにため息を吐く成弥。
成弥「昨日の花火、俺がリリーをここに入れたの気に食わねぇんだって」
小百合「え」
郁巳「当たり前だろ。オレたち3人の場所だぞ」
 ふっ、と鼻で笑う成弥。
成弥「お前ん家かと思ってたわ。出入りに許可要るらしいし」
雅臣「話逸れるから煽んな」

 蚊帳の外にいる小百合が、おろおろと3人を見回す。
 飄々としている成弥、冷ややかな雅臣、苛立ちを隠さない郁巳。

成弥「やっぱ先に2人で話すんだった」
雅臣「お前、それで朝から電話してきたのかよ」
郁巳「は? なんだそれ?」

 雅臣と郁巳の厳しい視線が成弥に集まる。

小百合(mixって仲良い、んだよ……ね……?)
 (私が来ただけで、なんでこんなに――)

***
〈フラッシュ〉
 1話/一糸のセリフ
『彼にも憩いの場所が必要なんですよ。みんなには内緒にしてあげてください』
***

小百合(他の教室に入っただけで騒がれてしまう、3人だけの場所……)
 脚の上で重ねていた両手をぎゅっと握る。

小百合「あのっ! 私はもうここに来ないし、絶対言わないから」

 真剣な表情で郁巳と雅臣を見る小百合。
 つられるように、成弥も真顔に変わる。

成弥「ちげぇよリリー。二度と連れてくんなっていうの、俺は受け入れてない」

小百合(え……?)

成弥「知りたいんだって。リリーは無害なのか」
小百合「無害?」
郁巳「成弥(こいつ)に下心あって近づいたんじゃねーの?」

***
〈フラッシュ〉
 小百合が成弥の存在を知った、入学式の日。

 300人弱の新入生がいるなか、すれ違った小百合と成弥。小百合と同じく、周囲の人たちも成弥を振り返っている。
(“目立ってる”なんて言葉では足りない)
(さも当然かのように、自然と目が奪われた――)
***

 目を細める郁巳、ジト目の雅臣、平然と膝の上で頬杖をつく成弥。

郁巳「お前の目的はなに?」

 きゅっと唇を結ぶ小百合。


◯回想:高校1年の夏休み直前

 部活に精を出す生徒たちとセミが声量を競っている、放課後。

 校舎とグラウンド間の日陰にイーゼルを置き、小百合がキャンバスに向かっている。手前にはひまわりが咲く花壇、奥にグラウンド、遠目に学校用地を囲う街路樹。

 通りかかった成弥と目が合う小百合。数分前に泣きながら横切った女子を思い浮かべる。

成弥「美術部?」
 絵を覗き見る成弥。
成弥「このひまわり、存在感あるのにうっすい色」
 視線を絵に戻す小百合。
小百合「重ね塗りするから――」
成弥「俺に似てる」
 ぼそり、と呟く成弥。前髪の奥で瞳が憂いを帯びる。
小百合「えっ?」

成弥「ひまわりって俺っぽくね?」
 側の花壇を親指でさす成弥。陽の光を反射して髪がキラキラと輝く。

成弥「俺のこと聞かれたら通ってないって言って。かくれんぼ中だから」
小百合「あっ、うん」

 王子様らしくにこりと微笑んで成弥が走っていく。

 暫くののち、小百合を素通りして成弥を探す陽キャたち。

(回想終わり)


小百合(一目惚れだった)
 (どんな人なのかも知れないほど遠い――“憧れ”だった)

小百合(気持ちを伝えられるような距離ではなかったから、だから頑張って)

***
〈フラッシュ〉
 1話/成弥のセリフ
『求められれば応える。それだけで人生イージーモード』
***

小百合「私は、成弥くんには本物の王子様になってもらいたいです」
 キリッと表情を引き締める小百合。

 楽しそうにククッ、と笑う成弥。
成弥「だから言っただろ。リリーは俺を“見せかけの王子”って罵ったんだって」
 「こう見えてドSな女王様だぞ」

 突飛な発言に小百合があ然とする。

郁巳「こいつを調教すんの?」
成弥「そ。俺はリリーに調教されんの」
小百合(え、ええーーッ!?)

小百合「ちょっ、ちょっと待って――」
 慌てふためく小百合。

輪に入らず、成弥に疑いの目を向ける雅臣。