(夏休み残り2日)
部活や文化祭準備で賑わう学校。
校内放送『2年2組の上田小百合さん、職員室まで来てください――』
◯学校/本校舎・職員室前(日中)
走ってくる小百合。成弥がドア向かいの窓に寄りかかり待ち構えている。
成弥「この前のお詫び、してくんない?」
小百合「…………へ?」
困惑する小百合を置いて職員室へ入る成弥。小百合も失礼しますっ、と慌ててあとを追う。
小百合「あのっ、私いま先生に呼ばれて」
成弥「呼び出したのは俺」
職員室内を闊歩し、ドア続きの部屋へ入る成弥。
小百合(ここ……応接室?)
(まさか、親を呼ばれて慰謝料の話とか……?)
おずおずと成弥につづく小百合。
成弥「雅臣、そっちどう?」
雅臣「だいたい終わった」
革張りのソファに座り、来客用テーブルでノートパソコンを開いている菊池雅臣。前髪長め・黒髪、澄ました美人顔イケメン。首元は第一ボタンだけ開け、ネクタイはしない派。小百合と同じクラス。
小百合「菊池……くん?」
状況を掴めない小百合が2人を交互に見る。
成弥「よし。じゃあ次は――」
真面目な顔で小百合を振り返る成弥。
◯同・教室棟の廊下(同)
紙袋を提げ、A4紙を見ながら歩く小百合。紙には30名程の名前・クラス・部活動などが書かれている。
小百合(生徒会役員に水泳部の部長、去年の準ミス……学年も性別もバラバラ……)
女子A「ねぇねぇ、今日のmix見た?」
女子B「えっ、3人揃ってたの!? 見たかった~」
漏れ聞こえた会話に反応する小百合。
***
〈フラッシュ〉
学年問わず絶大な人気を誇る3人組――“mix”。
2年7組・榎本成弥。2年2組・菊池雅臣。2年5組・東条郁巳。襟足長め・銀髪、右目尻に泣きぼくろがある生意気顔イケメン。シャツのボタンは全開で羽織りもの扱い。
***
側の掲示板に貼られた花火大会(8/31)のポスターを見ている女子2人。
女子A「明日、誰と行くのかなぁ?」
女子B「1ヵ月前でも予約埋まってそうじゃない? 特に成弥くんは」
女子A「だよねぇ。1回でいいから一緒に行きたいなぁ」
小百合(わかるわかる)
(……私は誘えるような立場じゃないけど)
ため息を吐く小百合。すぐに『浴衣を着ていこう』という芽衣との約束が頭をよぎり、芽衣に失礼だ、と思い直す。
小百合(まずは、名誉挽回しなきゃ――)
人目を警戒しながら男子Aを呼び出すと、紙袋から黒い封筒を出す。
小百合「例のものです」
男子A「……え?」
小百合「例のものです」
表情を引き締め、男子Aの目を見返す小百合。
男子A「あ! オッケー」
封筒を受け取った男子Aに会釈する小百合。
小百合(これでいいんだよね……?)
***
〈フラッシュ〉
成弥「リスト見ながらこれ配って」
顔の横で黒い封筒を示す成弥。
成弥「他には絶対バレないこと」
「何を聞かれても、『例のものです』って言えばいいから」
***
司令に従い、校内・グラウンド・中庭・体育館などを走り回る小百合。こそこそと封筒を配り続ける。
◯同・応接室(同)
ソファで横になっている成弥と、向かいに座る雅臣。
成弥「雅臣さぁ、カンダさんと同じクラスなんだっけ?」
雅臣「……なんであの子に頼んだんだよ」
成弥「面白いから。俺を“見せかけの王子”って言ってたし」
小百合が毒づくタイプだと思えず、怪訝な顔をする雅臣。
成弥「俺たちが動けば目立つじゃん。ちょうどいい人選だろ」
雅臣「だからって巻き込むなよ」
成弥「もうおそーい」
小百合「あのぉ……」
職員室との続きドアを遠慮がちに押し開ける小百合。
死角だった足元の消火器にぶつかりそうになり、小百合が慌てる。笑う成弥。
成弥「お疲れ。全部配れた?」
小百合「あっ、ううん。何人か見つからなくて」
紙袋とリストを受け取る成弥。リストにはしっかりとチェックが記されている。
成弥「明日の花火大会、予定ある?」
小百合「えっ! あ、芽衣と2人で……」
雅臣が、俺たちと同クラの倉光さん、とフォローを入れる。
成弥「あー。じゃあ、もし興味があるなら」
黒い封筒を2枚渡す成弥。
不思議そうに封筒を開ける小百合。4つ折りで入っていた紙には【Hide and Seek】と書かれている。8月31日19時集合、場所は本校舎、最初の花火が上がる20時30分終了、花火を見て解散。用紙下部には保護者の承諾欄。
成弥「こういうのってさ、演出もこだわったほうが楽しいじゃん?」
にやりとイタズラっぽく笑う成弥。
小百合(ワルイ王子だ――)
◯同・昇降口付近(夜)翌日
壁時計は19時少し前。空はまだ明るさが残っているが、薄暗い校内。30数名の生徒が集まっている。
芽衣「なんかもう、さすがキングって感じ。やることが派手っていうか、大胆っていうか」
小百合「うん」
既に賑やかな周囲を見渡す小百合。
小百合(なんだか場違いな気がする……)
◯回想:昨日、グラウンド脇の水飲み場
芽衣「まさに怪我の功名って感じだね~」
ジャージ姿の芽衣が招待状をまじまじと見る。
芽衣「私は全然いいよ。夜の学校とか面白そうだし」
小百合「ほんと……?」
どことなく乗り気じゃない小百合。
芽衣「?? 小百合?」
自分の黒い封筒に視線を落とす小百合。
小百合「成弥くん、私が配った残りをくれたの」
「リストと封筒の数は同じだったのに……」
芽衣「私たちの代わりに誰かが参加できなくなったってこと?」
小百合「……かもしれない」
ため息を吐く芽衣。
芽衣「小百合が恋愛に苦手意識あるのは知ってる。でも、せっかくのチャンスじゃん。恋愛で上手くいくのって、1人だけだよ?」
小百合「うん。……うん、私いきたい」
真剣な表情の小百合に芽衣が微笑む。
芽衣「にしても、聞く限りすごいメンツだよね。mixも揃うみたいだし、なんか、選ばれしもののイベントって感じ」
(回想終わり)
成弥「みんな承諾書あるー? それの右下に☆マークついてる人、手ぇあげてー」
周囲に見えるように承諾書を掲げる成弥。
成弥「キミたちが鬼でーす」
小百合の隣で手を上げる芽衣。驚いて顔を見合わせる。
芽衣「……楽しもうよ」
小百合「うんっ!」
全員の承諾書を集めるmixの3人。渡しに来た女子の髪に触れながら、いい色じゃん、と談笑している成弥。近寄ってきた小百合に気づき、承諾書を受け取り控えめに微笑む。
軽く会釈をしてそそくさと去っていく小百合。
すぐに周囲との会話を再開しつつも、小百合の後ろ姿を目で追う成弥。
成弥「じゃあいくぞー。よーい……スタート!」
散り散りに走っていく生徒。
芽衣に手を振って走り出す小百合。ルール説明を思い返す。
(『隠れる場所は本校舎のみ』)
(『鍵が空いてる部屋は全て隠れてOK』)
(『まだ仕事してる先生もいるし、鍵とか電気に触るのはNGね』)
◯同・教室棟の廊下(同)
非常灯が灯る長い廊下に息を呑む小百合。側の階段を女子生徒が登ってくる。
小百合(たまに成弥くんと一緒にいる、オシャレな子――)毛先にかけて赤系のグラデ―ションが特徴、髪型は度々違う。
沙耶「暗いとめっちゃドキドキするね~。あっ、あたし2年7組の冨永沙耶です」
小百合「2年2組の上田小百合です」
(7組……成弥くんと同じクラスだ)
――ヴヴヴ…。スマホのバイブが鳴り、グループチャットを見る2人。
莉央奈【鬼さんこちら 手の鳴るほうへ♡】
小百合(鬼が動き出す合図だ――)
沙耶「はやっ! どっか隠れよう」
2人で適当な教室に入り、ベランダへ行く。ルールの続きを回想。
(『見つかった人は必ずグルチャで報告すること』)
(『鬼側に加わってもいいし、鬼ヶ島の自習室で花火まで喋っててもいーよ』)
沙耶「上田さんって招待状配ってくれてたよね」
小百合「あっ、うん!」
スパイのようだった小百合の話で空気が和らぐ。
沙耶「上田さんも誰かと2人で花火見たいタイプ?」
小百合「ふたり?」
沙耶「結構いるみたいだよ、成弥たちを見つけたがってる“隠れ鬼さん”とか」
小百合(すごい……そこまで考えてなかった)
――ヴヴヴ…。再びスマホのバイブが鳴り、チャットを開く2人。
成弥【俺はここ】
暗がりで撮られた消火器の写真が添付されている。
男子生徒「消火器とかありすぎだって(笑)」
廊下側から聞こえた声に、顔を見合わせる2人。ジェスチャーで左右に別れて逃げることにする。
ひとりになり、もう一度スマホを確認する小百合。
小百合(もしかして――)
◯同・応接室(同)
煌々としている廊下を横目に、薄暗い室内でソファに寝転んでいる成弥。
――コンコン。足先で職員室側のドアがノックされ、成弥が身体を起こす。様子をうかがうように応接室の押しドアを開ける小百合。
成弥「よくわかったね、ここ」
小百合「あっ、うん。昨日ぶつかったから……」
足元の消火器を見て、苦笑いする小百合。
小百合「写真の消火器も、床に置かれてるように見えて」
背もたれに頬杖をつき、じっと小百合を見る成弥。ドアに手をかけたまま入って来ない小百合、左下に消火器、その左に飾り棚。
成弥「俺も初めて入ったとき蹴飛ばした。横に飾り棚あるから気づきにくいよな」
そうそうそう、と何度も頷く小百合。食いつきの良さに笑いを堪える成弥。
成弥「カンダさん」
手招きして、こっち、と小百合を横に座らせる成弥。
小百合(名前……はじめて……)
成弥「カンダさんは鬼?」
小百合「う、ううん!」
成弥「声でかい」
小百合「ぁ……ご、ごめん」
廊下側のすりガラスを一瞥した成弥が、小百合を抱き寄せて寝転ぶ。
小百合(えっ――ななななな、なにっ!?)
一時停止してしまう小百合。心臓だけが急加速していく。
――ガタガタッ! 廊下側のドアを開けようとする音がして、小百合がビクッと肩を震わす。
女子A「だめ、ここも開いてない」
女子B「も~。成弥くんどこ~」
2人のシルエットが去っていく。
ぎゅっと成弥のシャツを掴んでいる小百合。気づいた成弥がぽんぽん、と頭に手を添える。
成弥「こういう部屋、他にもあるんだよ」
小百合「……えっ」
成弥「片側のドアだけ鍵閉めてる教室とか」
「それだけで、“入れない”って決めつけるやつがいる」
小百合(あ……『鍵が空いてる部屋は全て隠れてOK』『鍵とか電気に触るのはNGね』)
成弥「先生の発案なんだけど。結構ノリノリで協力してくれる人ばっかでさ」
小百合(先生たちが、協力……?)
***
〈フラッシュ〉
警戒しながら腰を低くして職員室へ入ったとき、目が合った若い女性教師にクスリと笑われた小百合。
***
小百合(学校公認だったんだ。だから承諾書を――)
成弥「カンダさん寝た?」
小百合「……こ、この体勢じゃムリ……」
大人しく抱かれたまま、腕の中で小さくなっている小百合。声を殺して笑う成弥。
成弥「悪かったな、寝心地悪くて」
ゆっくりと起き上がる2人。
頬は赤らんだままだが、成弥へ向ける視線はどこか冷静な小百合。
小百合「成弥くん。なんでこのゲームを企画したの?」
成弥「ん? 俺がキングだから」
スマホをいじりながら返事をする成弥。
成弥「去年のミスターコンの副賞で、学校側が願いを1つきいてくれんの。それで提案した」
小百合にスマホのグループチャットを見せる成弥。捕まった報告が並んでおり、成弥が最新コメントをしている。
成弥【ラスト10分 屋上開放】
成弥「つーことで、俺たちもいくか」
小百合「えっ、花火が始まるまで隠れないの?」
スッと穏やかに微笑む成弥。
成弥「俺、最初から鬼だよ」
***
〈フラッシュ〉
成弥「☆マークついてる人、手ぇあげてー」
周囲に見えるように承諾書を掲げる成弥。
成弥「キミたちが鬼でーす」
***
驚いて目を見張る小百合。しかと視線を交わす成弥。
成弥「カンダさんは、とっくに俺に見つかってる」
◯学校/旧校舎・屋上(夜)
本校舎とは違い、人気が無い旧校舎。遠目に黒く広がるグラウンド、奥にはビル群や町並みの明かり、それらの上層に上がるいくつもの花火。
パノラマのような光景をフェンス越しに眺める小百合。成弥は花火に背を向けて座り、フェンスにもたれている。
成弥の整いすぎた横顔を盗み見る小百合。
小百合「成弥くん、みんなのとこに行かないの?」
成弥「俺は“屋上を開放する”って言っただけ」
みんなが居るであろう本校舎へ視線を流す小百合。
小百合「……待ってる子、いるんじゃないかな」
成弥「だろうね」
小百合(わかってて、ここにいるんだ)
***
〈フラッシュ〉
旧校舎の正面玄関。
成弥「外見がいいと得するって言ったじゃん?」
自慢気に鍵を見せ、ガラス扉を開ける成弥。
***
小百合(見てるだけじゃなくて、少しでも近づきたかった)
(でも話すたびに印象がコロコロ変わって、一歩も近づいてる気がしない)
(前よりも成弥くんとの距離を実感してる)
成弥「帰り、大丈夫そ?」
小百合「え?」
成弥「誘っといてなんだけど、送れないから」
先程の鍵を見せる成弥。
成弥「教室とかの戸締まりあるし」
小百合(……もしかして、教室のドアの仕掛けも成弥くんが? 先生から許可を取って、承諾書を作って、準備して……)
(『俺がキングだから』って平然と言える人なのに)
(ミスターコンの副賞を、自分のためには使わないんだ――)
小百合「成弥くん、誘ってくれてありがとう」
成弥「ん。こういうことやれんの、ホンモノの王子っぽいよな」
小百合「ぅぅッ……」
気まずそうな小百合の反応を楽しむ成弥。
小百合(なんでかな。すごく冷めたところがあるのに、そうじゃない気がする)
(もっと、もっと成弥くんのことが知りたい)
キラキラとした瞳で花火を見ている小百合。その姿を横目に見上げる成弥。
成弥(……絶対、面倒くさいことになるよなぁ)