◯学校/旧校舎・屋上(日中):プロローグ

(この高校には王子様が実在している)

 眩しい夏空の下、フェンスを背に片膝を立てて座る榎本(エノモト)成弥(ナルミ)(16歳/高2)。中性的な顔立ちの王道イケメン。クリーム色の、風にそよぐ柔らかいショートヘア。鎖骨が見える程度に首元のボタンを開け、ネクタイを緩く結んでいる。

(どんなに努力しても手が届かない人――ではない)

 成弥の傍らで立ち尽くし、俯く上田(カンダ)小百合(サユリ)(同)。顔の輪郭に沿ったダークブラウンのミディアムボブ。夏服の上にサマーベスト、胸元にはリボン。美術部所属の平凡女子。

小百合(ついさっき、届いてしまった(●●●●●●●)

 成弥が立てた左膝の上で頬杖をつく。手が触れていない右の頬には、横一直線の切り傷。わずかに血が滲んでいる。

成弥「キズ、目立つと思う?」
小百合「ご……ごめん」
成弥「……このあと撮影なんだよね、ミスターコン用のチラシ」

小百合(だって……だって成弥くんが)

***
〈フラッシュ〉
 突然顔を近づけてきた成弥を押しのける小百合。爪先が成弥の頬を掠める。
***

小百合(成弥くんがあんなことするからじゃんっ!)



◯学校/本校舎・廊下(同)

 各クラス平均30名/各学年9クラス、総生徒数800名規模の高校

 パタパタと廊下を疾走する小百合。
 賑わう校内。至るところで、文化祭準備を進める生徒たち。

(9月中旬に行われる文化祭は、とにかく規模が大きい。クラス、部活、その他にもいろんな催しがあり、週末3日間で大勢のお客さんが訪れる)

 生徒数名が驚いて小百合を避ける。

男子A「廊下走んなぁ(笑)」
小百合「ごめんなさーい!」
 謝りつつも笑顔の小百合。

(夏休み真っ只中。受験生の負担を考慮して、少しずつ準備が始まっている――)

 階段を駆け上がった先で誰かにぶつかる小百合。相手は、肩に触れない程度の軽やかな黒髪ウェーブヘア、シンプルな白シャツ。高身長の男性。

??「っと、大丈夫ですか?」
小百合「大丈夫です! すみませんでしたー」
 差して顔を見ずにまた走り出す小百合。

芽衣「あっ、小百合!」

 小百合を呼び止めたのは、同じクラスの倉光(クラミツ)芽衣(メイ)。陸上部所属のスラリとした女子。黒髪ロングのポニーテール、胸元はネクタイ。
 芽衣の隣に女子A。2人ともダンボールを抱え、祭りの屋台で見るような狐面を頭につけている。

小百合「芽衣、どうしたのそれ?」
芽衣「衣装の生地、発注してたのと違ったんだよね。このお面もうちのじゃないし」
女子A「こーやって歩けば、誰か気づくかなって(笑)」
小百合「……あっ! たぶん演劇部のだよ。頼んでない生地が届いてる、ってさっき報告きてた」
芽衣「さすが実行委員」
小百合「えへへっ。交換お願いしていい?」
芽衣「りょーかい」

 じゃーね!と再び走り出す小百合。それを見送る芽衣と女子A。

女子A「文化祭の実行委員って大変そう……」
芽衣「本人は楽しそうだけどね」

***
〈フラッシュ〉
小百合「芽衣きいて! じゃんけん勝った! 私、ミスコンの担当になれたっ!」

 顔をキラキラと輝かせながら、(グー)を突き上げる小百合。
***

芽衣(王子に遊ばれなきゃいいけど……)



◯同・職員室(同)

小百合「失礼しまーす、旧美術室の鍵を貸してくださーい!」
男性教師「おお、元気だな。美術室に何の――」
小百合「ミスコンのスタンド看板です!」
 男性教師の質問に、食い気味に答える小百合。

 壁のキーボックスを確認する男性教師。
男性教師「あー、持ち出されてるな。たぶん一糸先生が――」

小百合(一糸先生……あっ!)

***
〈フラッシュ〉
 先程ぶつかった相手を思い出す小百合。

一糸「大丈夫ですか?」
 小百合を見下ろす、色気が漂うクールな美形男性。一糸(イト)(アズマ)(23歳/美術の非常勤講師)
***

男性教師「急ぎなら放送で呼び出し――」
小百合「大丈夫です! 一糸先生を追います、失礼しましたっ!」
 またしても食い気味に答え、踵を返す小百合。



◯同・昇降口付近(同)

 1階まで降りてきて、きょろきょろと辺りを見回す小百合。

小百合(階段を降りていってた気がするんだけど……)

 ふと、昇降口の壁一面にまばらに貼られた、ミスター・ミスコンテストの候補者ポスターに足を止める小百合。
 ポスターはまだ半数しか揃っておらず、新たに追加しようと、数名の実行委員が脚立を使って作業している。

(コンテストの出場者は、各クラス男女1名ずつ)
(そして、実行委員が選ぶ“推薦枠”が学年ごとに男女1名)

(それぞれ30人の頂点が、キングとクイーン)

 【絶対的キング 2年7組 榎本成弥】と印字されたポスターを見つめる小百合。

小百合「遠いなぁ……」

***
〈フラッシュ〉
 去年の文化祭。グラウンドに特設されたステージ。

『栄えある今年のキングは、1年7組――榎本成弥!』

 ファーが付いた赤いマントを羽織り、頭のクラウンを手で抑える成弥。その姿を大勢の観客と一緒に見上げ、にこやかに拍手する小百合。
***

小百合(クラスも違うし、1年の時は話しかけるきっかけがなかった)
 (コンテストの担当になれば、少しは近づけると思ったんだけどな)

 候補者との打ち合わせ、ポスター撮影、その他諸々、我先にと成弥へ声をかける女子たちを思い返す小百合。その記憶の片隅には、別け隔てなく、ノリよく対応する成弥。

『成弥くんってほんと王子! 誰にでも優しいし』
『ガチ恋なら無理だよ。成弥、そういう人は絶対断るもん』
『あの危ないオーラがいいよねぇ。来るもの拒まず去るもの追わず、ってやつ!』

 成弥に対する風聞を思い出し、ぶんぶんと頭を振る小百合。表情を引き締め、顔を上げる。

小百合(大丈夫。きっと、話すチャンスくらいある)

3年女子「あっ! 上田さん!」
 小百合に気づき、近づいてくる実行委員の先輩。
3年女子「榎本くん見てない?」
小百合「いえ……宣伝チラシの撮影ですか?」
3年女子「うん。伝えてはいるんだけど、予定より早まりそうで」

小百合(こ、これは――チャンス!?)

小百合「私も探してみますね!」
3年女子「ありがと。上田さんも忙しいのにごめんね」
小百合「大丈夫です! 一糸先生も探さなきゃだし」
3年女子「……一糸先生なら、旧校舎のほうに行ってたよ?」



◯学校/旧校舎・正面玄関(同)

 ガラス扉を開けて中へ入る小百合。ため息を吐く。

小百合(バカだな私。一糸先生が旧美術室の鍵を持ち出したんなら、行き先も同じに決まってるじゃん)
 ははは……と自嘲する小百合。

 2階まで登ったところで、上から聞こえる声に足を止める。
小百合(一糸先生の声?)

??「……は……した」
??「あとで……よ」

小百合(あれ? 喋ってる相手)
 (成弥くんだ――!)

 どうしようと慌てふためく小百合。両手を胸に当て、大きく息を吐く。心臓の音がうるさい。

 様子をうかがいながら3階へ上がる。しかし、廊下には背を向けて歩く一糸先生だけ。

小百合「あ、あれ?」
 小百合の声に振り返る一糸先生。
一糸「どうしました?」
小百合「あっ、あの……榎本くん、見ませんでした?」
 一糸先生が不思議そうに首を傾げる。
小百合「えっと、撮影があるので探してて」
一糸「……上です」
 何かを諦めたような顔で、人指し指を立てる一糸先生。

 つられて小百合も上を見る。

小百合「うえ?」
一糸「彼にも憩いの場所が必要なんですよ。みんなには内緒にしてあげてください」
 申し訳なさそうに一糸先生が眉をひそめる。

小百合(ナイショ……)
 何度も頷き返す小百合。

小百合「あっ! あとで美術室に寄ります。ミスコン用にスタンド看板を」
一糸「ああ。はい、出しておきます」

 一糸先生に頭を下げてから別れ、屋上へと続く階段を見据える小百合。ゴクリと喉を鳴らす。

(とある生徒の霊が出る)
(怖い先輩たちのたまり場になっている)
(誰も近づこうとしない――いわくつきの場所)



◯同・屋上(同)

 恐る恐るドアを押し開ける小百合。ギィっと鈍い音が鳴る。
 フェンスの先を眺めるように立っている男子生徒、その奥には夏空。

小百合「あのぉ……成弥、くん?」

 振り返った成弥は無言のまま、フェンスに背中を預け、まじまじと小百合を見る。
 照れて目を伏せる小百合。盗み見るように視線を戻すと、成弥が手招きする。

成弥「あれ、すごくない?」
 王子様らしいにこやかな顔で、フェンスの先を親指でさす成弥。

 成弥の左隣に小百合が並ぶ。

小百合「?? あれって……?」

 成弥に目を向けた瞬間、顔が近づいてくる。

小百合「えっ! ちょっ――!」
 顔を背け、ぎゅっと目を閉じて成弥を押しのける小百合。
小百合「ななな、なにっ!?」
成弥「話しにくそうだったから、きっかけ作り」

小百合(き、きっかけ!?)
 動揺しつつも、薄目で視線を戻す小百合。

 成弥の右頬の傷に気づき、小百合が青ざめる。

小百合「あ……ご、ごごごめんなさいっ!」
 深々と頭を下げる小百合。

 成弥がため息交じりに腰を下ろし、片膝を立ててフェンスにもたれる。

 顔を上げられない小百合。その姿を見上げるように、成弥が立てた左膝に頬杖をつく。

成弥「キズ、目立つと思う?」
小百合「ご……ごめん」
成弥「……このあと撮影なんだよね、ミスターコン用のチラシ」

 口角を上げ、小百合の反応を楽しむ成弥。

成弥「で? 俺になんか用?」
小百合「ぁ……撮影が早まるみたいで、それを伝えに……」
成弥「ふーん。わかった」

 撮影のこと知ってたんだ、とつまらなそうにする成弥。
 顔を伏せたまま、小百合が唇を噛み締める。

小百合「……さ、撮影は明日に変えてもらうね」
成弥「いーよ。傷なんてメイクで誤魔化せるだろ」
小百合「ダメっ!」
 勢いよく顔を上げる小百合。

 バツが悪そうにしつつも、小百合が成弥のそばに座る。

小百合「化膿したら大変だよ。明日、メイク用の絆創膏持ってくるから。お願い……です」

 真剣に心配している小百合に、あ然とする成弥。少しの間を置いて、息を吐くように真顔へと変わる。

成弥「ごめん」
小百合「えっ?」
成弥「さっきの。どうせ告白かと思った」

小百合(ど、どうせ……)

小百合「気にしないで。成弥くんレベルだと、告白は日常だよね」

 成弥がわずかに微笑む。

成弥「顔がいいだけでどれだけ得するか、わかる?」
小百合「え……」
成弥「俺は、自分の外見にどれだけの力があるか知ってる。だからそれを活用して、より楽しく過ごしてる」

***
〈フラッシュ〉
 日常の光景――移動教室、掃除、放課後、どんなときも男女問わず周りに人がいて、輪に溶け込んでいる成弥。偶然見かけた小百合は、いつも遠巻きに微笑む。
***

成弥「俺にとって重要なのは、いかにモテるか。女にも男にも、それと先生にも」
 「求められれば応える。それだけで人生イージーモード」

 飄々とした成弥の態度に、呆然とする小百合。

小百合「誰に対しても本気じゃない、ってこと?」
成弥「そもそも恋愛してるつもりない」

小百合(…………)
 眉を寄せる小百合。

成弥「俺はホストじゃないし、誰にでも『君が1番だよ』ってのは無理。『誰でもウェルカムだよ』の方が効率いいし」

小百合(こ、効率……)

 平然としている成弥を見つめる小百合。

小百合(私が見てきた成弥くんは、どこまでが計算だったのかな……)
 (私は、間違った人を好きになったのかな……)
 苛立ち、悔しさ、悲しみ。複雑な心境で瞳を潤ませる小百合。

小百合(1年間、ただ見てるだけだった)
 (もっと知りたいって、だから近づきたいって、やっと動き出せたのに――)

小百合「成弥くんは、この学校の王子様だよ」
成弥「そうだね」
小百合「安売りしたらもったいないよ……」

 フッ、と成弥がしらけた笑いを零す。

成弥「話せて幸せ。好きって伝えられて満足。それ以上のことも……Win-Winでいいじゃん、お互い損はしてな――」
小百合「よくないっ!」
 成弥を遮って大声で反論する小百合。

小百合「……成弥くんが貰ってきた“好き”は、空っぽじゃないよ」

 何も言わず小百合を見つめる成弥。
 むくりと立ち上がった小百合が、成弥を見下ろす。拳を握り、深呼吸をひとつ。

小百合(成弥くんはきっと、慣れすぎてマヒしてるんだ――)

小百合「そんなの、お遊戯会と一緒だよ」
成弥「は?」
小百合「どうせなら本物の王子様になってよ、成弥くん」

成弥「……へぇ。俺はホンモノじゃないって?」
 身体の横に片手をつき、挑発的に見上げる成弥。

 気圧されて、ぐっと息を呑む小百合。
小百合(嫌われたくない。でも――)
 震える手を、もう一度ぎゅっと握り込む。
小百合(いまの成弥くんが相手じゃ、告白しても届かない)

 成弥を真似て、小百合も努めて強気に笑い返す。
小百合「いまの成弥くんは、見せかけの王子様――でしょ?」

小百合(蔑ろにしないでほしい)
 (成弥くんを好きだって子の気持ちも、成弥くん自身のことも――)



◯学校/本校舎・屋外(日中/小雨)翌日

 寝不足の小百合。成弥とキスしそうになって、怪我を負わせて、偉そうなことを言ってしまって、でも話せた――の無限ループで昨夜は情緒不安定だった。

 なにより成弥の怪我が気がかりな小百合は、ひっそりと撮影の野次馬に紛れる。昨日、数十秒の沈黙に耐えられず言い逃げした手前、顔を合わせられない。

 小雨が降るなか、狐面で顔の右側を隠したポージングをとる成弥。不審者オーラ全開の小百合に気づく。


◯回想:撮影準備中

女子A「撮影延びたうえに雨とかサイアク」
女子B「まぁ小雨だし、アンニュイな成弥くんもいいじゃん!」
 会話中の2人の横を素通りして現れる成弥。野次馬がざわつく。

男子A「どうしたその顔!?」

 質問には答えず、意味深に微笑む成弥。

女子A「わぁ、痛そう」
女子B「大丈夫? メイクで隠せるかなぁ?」
女子C「あっ、上田さんからメイク用の絆創膏預かってるよ」
女子A「なんで上田さん?」

 昨日の、傷の心配をする“小百合の真剣な眼差し”を思い出す成弥。

成弥「あのさ、仮面とか、そういうのない?」
女子C「仮面?」
成弥「メイクで下手に化膿したら嫌だし。隠せりゃ何でもいいじゃん?」
男子A「たしかに。んじゃ、演劇部になんか借りにいくか」

(回想終わり)


成弥(カンダさん(●●●●●)、ね)

 昨日とは違う、心配で情けない表情の不審者小百合に対し、成弥が流し目でにやりと笑う。
 ざわつく野次馬。大衆に向けられたサービスだと勘違いして、感心する小百合。

小百合(モテ至上主義……おそるべし)
 (でも、やっぱりカッコイイ――!)