○ひな乃回想(向坂高校、倉多の編入シーン)
ひな乃M(つい先日、クラスに編入生がやって来た)
担任の隣に立つ秀生。
黒板には、小さく『倉多 秀生』と書かれてある。
倉多 『倉多秀生です。よろしくお願いします……』
目にかかるボサボサの髪。顔の印象の大半を占める黒縁メガネ。猫背気味の、野暮ったい制服姿。
ひな乃M(ボソボソと喋る冴えない編入生には、
みんな期待はずれだったようで)
(あからさまに興味をなくした人達ばかり)
(編入生の自己紹介を、
まともに聞く人なんていなかった)
倉多 『前の学校は……で、好きな……は……です。
趣味は――』
ひな乃M(彼は、前の学校でのことや、趣味などについて
話していたような気もする)
(なにせ声が小さ過ぎて、何を言っているのか
私にも分からなかったけれど。)
倉多 『よろしく……お願いします……』
最後に、倉多は小さく頭を下げた。
短い自己紹介が終わった後、クラスメイト達は一応パチ……パチ……とまばらな拍手を送る。
非常に静かで、短く薄い時間だった。
ひな乃M(倉多くんには、窓際の席が与えられた)
(気を抜けば忘れられてしまいそうな、
目立たない席。)
ひな乃M(そんな席に座る、存在感の薄い編入生。)
(授業中も静かで、休憩時間も静かで……)
(その存在は、クラスの雑踏に溶け込んで。)
ひな乃(分かるわけない)
(あの編入生が、まさか昨日の人だなんて……!)
(回想終わり)
○教室のシーンへ戻る(授業中)
ひな乃(べ、別人なんですけど……??)
授業中、廊下側の席に座るひな乃は、窓際席に座る倉多をこっそりと観察する。
猫背のまま、黙々と授業を受ける倉多。
昨日のようなオーラはまったく感じられない。
むしろ、窓からのポカポカとした程良い陽射しで、存在感が消えかかっている気さえする。
ひな乃(あっ、消えちゃう……消えちゃう……)
ハラハラするひな乃。
先生 「この問題解ける者はいるか――
編入生の倉多、どうだ」
先生に指されて、シュッと人のかたちを取り戻す倉多。
ホッとするひな乃。
ひな乃(髪を整えてメガネ外せば同一人物……
に見えなくもないけど)
ひな乃(なんでわざわざこんな、化ける必要が……?)
ひな乃は、昨日の夜を思い出しながら、彼の姿をまじまじと見つめる。
メガネの奥には、昨日見た涼やかな瞳。ペンを握る大きな手も、昨日握られた手で間違いない……ような気がする。
ひな乃は彼から目が離せない。
倉多を見続けていたら、次第に周りの男子がコソコソとざわつき始めた。
男子 「おい、ひな乃ちゃんこっち見てる」
男子 「俺じゃね」「お前じゃねーよ」
男子 「じゃあ誰だよ」
ひな乃(倉多くんを見てる――だなんて、
みんな思いもしないんだな)
(倉多くん……すごい、
対象外になるのが上手すぎる……)
思わず、ほう……っと感心するひな乃。
その時、倉多がひな乃を方を振り向いた。
メガネの奥の瞳と、視線が重なる。
ひな乃(あ)
存在感を消しながらも、こちらに向かってにっこりと微笑む倉多。
陽射しを浴びた柔らかい笑顔に、ひな乃の胸が鳴る。
倉多 『これからは俺が、あなたをお守りします』
ひな乃(……間違いない)
(ほんとうに、昨日の……?)
○授業が終わり、昼休みの教室
ひな乃(くわしい話を聞きたい)
(どういうつもりであんなことを言ったの?)
(なんで、そんな擬態をしているの――?)
ちょうど都合良く、倉多も窓際に一人きりだ。声をかけやすい。
立ち上がるひな乃。
ひな乃「く、倉多く……」
倉多のもとへ向かおうとしたところで、立ちはだかる人影。
声をかけられた。三人組の女子達に。
女子 「ちょっと、三門さん」
女子 「話があるんだけど」
ひな乃「え……?」
彼女達がひな乃を見る目には敵意がこもっており、その話が良いものでは無いことは容易に想像できる。
ひな乃(今度はなんだろ……)
「私、すこし用事が」
女子 「すぐ済むから。来なよ」
ひな乃「……ハイ」
(私、分かるよ……
これは絶対、すぐ済まないやつ……)
ひな乃は倉多に話しかけることを諦めて、女子達と一緒に教室を出る。
その後ろ姿を、窓際から倉多が見ていた。
○昼休みの校舎裏、ひとけが無い
女子 「あんた、こないだ陽太に告られたでしょ」
ひな乃を取り囲む、女子三人。
ひな乃「陽太……え? ようた……?」
せいいっぱい記憶を辿るが、ひな乃はどうしても『陽太』が思い出せない。
女子 「斎藤陽太だよ! 先週、呼び出されたでしょ!」
ひな乃「斎藤くん!
そっかごめん、下の名前知らなくて」
女子 「感じ悪!」
ひな乃(ええ~……)
(下の名前まで覚えてないよ~……)
(回想)
ひな乃M(たしかに、斎藤くんからは先週告られた。)
陽太 『三門さん、良かったら俺と付き合わない?』
ひな乃『ごめんなさい。あなたとは付き合えません』
ひな乃M(でも、その場ですぐ断ったはず。)
(勘違いされないくらいに、きっぱりと。)
(回想終わり)
ひな乃「告白はされたけど、断ったよ……?」
それを聞いた女子のうち一人が、ワッと泣き始めた。ひな乃にはわけが分からない。
残り二人の女子は泣いている子の肩を抱きながら、ひな乃をキッと睨みつけた。
女子 「陽太はね! この子の彼氏だったの!」
ひな乃「えっ!!」
女子 「人の彼氏に色目使うなんて、
どういう神経してんのよ!」
ひな乃「色目なんて使ってないよ!」
ひな乃(そもそも、斎藤くんは
委員会が同じになっただけの関係で……
話したのだって数回だけで)
告白されたのも不思議に思ったくらい。
女子 「あんた、どんだけ男好きなわけ!?」
女子 「人の彼氏横取りしたの、何度目よ!?」
ひな乃「よ、横取りなんてしたことないってば」
女子 「実際、陽太はこの子の彼氏だったんだよ!
なのにあんたが陽太をたぶらかしたから」
ひな乃(そんな、不可抗力でしょ~……?)
ひな乃M(何を言っても、私は悪者であるらしい。)
(……もうこういうのも慣れたけど、
やっぱり話が通じないのって辛すぎる。)
ひな乃(それにしても、
彼女がいるのに告白してくるなんて――)
だんだんと、斎藤くんにムカついてくるひな乃。
目の前で、斎藤くんの彼女が泣いている。
泣いているこの子が可哀想だ。
ひな乃M(きっと、すごく好きだったんだろうな。
相手の女子が許せなくて泣いちゃうほど)
ひな乃「……斎藤くん、最低だね」
思わず、心の声が漏れてしまった。
ひな乃の本音だ。しかし。
陽太彼女「陽太を悪く言わないで!」
ひな乃 「っ、でも」
陽太彼女「陽太は悪くない……!
陽太を誘惑した三門さんが
悪いんじゃん!!」
浮気されたというのに、彼女は斎藤くんをかばい続ける。責められているけれど、それよりも彼女の気持ちを思うと胸が痛い。
ひな乃「私のせいに……したいなら、してもいいけど」
(多分、斎藤くんはまたこういうこと、
繰り返すんじゃないのかな)
「……やめたほうがいいんじゃないかな」
ひな乃が何を言っても、こちらを睨みつける彼女。目には涙を溜めたまま、そのやるせなさをひな乃にぶつけるように。
ひな乃(どうしたら、この子に言葉が届くんだろう……)
その時。
倉多 「先生! こっちで、ケンカの声が!!」
ひな乃(この声……倉多くん?)
校舎の向こうから、地味眼鏡な倉多がバタバタと走ってくる。
『先生』というワードに焦った女子達は、気まずそうな顔を浮かべて走り出した。
女子 「やば、先生だって」
女子 「……っ仕方ないね、行こ!」
陽太彼女「うん……」
バタバタと去っていく女子達。
校舎裏にぽつん……と取り残されたひな乃の元へ、ようやく倉多がやって来た。
倉多 「ひな乃さん!!」
ひな乃「……倉多くん。 あれ、先生は?」
倉多 「あんなのは嘘です、それより……
ひな乃さんはご無事でしたか!
ああ、また遅くなってしまった……!」
無念そうに顔を歪める倉多。
その様子がいちいちオーバーで、ひな乃は思わず笑ってしまう。
ひな乃「そんなことないよ。こうして、
また助けに来てくれただけでじゅうぶんだから」
倉多 「しかし!」
ひな乃「……気にかけてくれて嬉しい。ありがとう」
ひな乃M(心配されることには慣れないから……
少し照れるな)
無自覚に、ひな乃は極上の笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見た倉多は、胸を抑えて言葉なく悶絶する。
倉多 「……っ」
ひな乃「ど、どうしたの!」
倉多 「いえ……何も」
ひな乃「ん?」
倉多 「ひな乃さんが尊過ぎて、少し動悸が……」
胸を抑えたまましゃがみこむ倉多の隣に、ひな乃も目線を合わせてしゃがみ込む。
ひな乃(変な人……)
ひな乃「ふふ。おもしろい」
倉多 「笑わないでください、
可愛すぎて本当に困ってるので」
ひな乃「無理かも」
倉多 「ひな乃さん……!!」
倉多は本当に困っているらしい。
顔を赤くしてひな乃から目を逸らしてしまった。
ひな乃(……笑っちゃう、倉多くんといると)
ほっこりと倉多を見つめ続けるひな乃。
ひな乃(こんな人、初めてだな……)
○引き続き、校舎裏
やっと落ち着いた二人は、低い階段に並んで座った。
女子達との一部始終を、倉多に説明したひな乃。
ひな乃「――ということだったみたい」
倉多 「なんてはた迷惑な……」
ひな乃「何言っても敵認識されて困っちゃうな! もー」
倉多 「……」
相変わらず、ひな乃は笑ってごまかしてみる。
けれど倉多にとっては一大事であったようで、眉をひそめたまま黙り込んでしまった。
ひな乃「そ、そんな、黙らないで!
こんなの、良くあることだし……」
倉多 「――いいえ。決して、良くありません」
ひな乃「もう終わったことだし、いいの!
……それより倉多くん、ごめんね」
倉多 「なぜ、ひな乃さんが謝るのですか?」
ひな乃「昨日、倉多くんだってことに
まったく気付かなかったから……
……申し訳なかったな、って」
倉多 「ああ……! 昨日の」
しかし、目の前にいる地味眼鏡な倉多を見た上で、昨夜の彼を思い出しても、やっぱり気付けた自信はない。
倉多 「ひな乃さんが気付かなくて当然ですよ。
学校では素顔を隠しているのですから」
ひな乃「ねえ、なんでそんな格好してるの?
本当はかっこいいのに」
倉多 「……知りたいですか?」
倉多が、流し目でこちらを見つめる。
その瞳が意味深な気がして……ひな乃はゴクリと喉をならした。
ひな乃「し、知りたい、かな」
倉多 「知りたいと思って下さるんですか?」
ひな乃「う、うん……」
倉多 「引かないで、聞いてくださいますか?」
ひな乃「うん……?」
ひな乃(なに? なにか、引くような理由なの……?)
言いにくそうに口を開く倉多。
倉多 「俺は、無理を言ってこの学校に編入しました。
素顔を隠しているのは、そのためです」
ひな乃「無理を言って……?
素性がバレたら、マズイってこと?」
倉多 「まあ、そうですね」
ひな乃M(とは言っても……)
(私達の通う向坂高校は、
何の変哲もない普通校だ。)
(偏差値も中の中。
普通科と特進クラスが存在するだけの……)
ひな乃「自虐するわけじゃないんだけど……
なんでそんな無理までして、この学校に?」
ひな乃が素直に疑問を呟くと、倉多はわずかに頬を染めた。
倉多 「どうしても、あなたに会いたくて」
ひな乃「えっ……私に?」
倉多 「はい」
ひな乃(私に会うため?)
(倉多くんは、編入前から私のことを知っていた、
ってこと……?)
身構えるひな乃の手を、倉多がギュッと握る。
そして彼は意を決したように口を開いた。
倉多 「ひな乃さんは……許嫁なのです」
ひな乃「――え?」
二人の間に、しばし流れる静寂。
ひな乃「……許嫁?」
倉多 「はい」
ひな乃「誰の?」
倉多 「俺の」
ひな乃「く、倉多くんの……?」
倉多 「はい!」
「お会いしたかったです。ひな乃さん……」
ひな乃(わ、わたしが?)
(倉多くんの許嫁――!?)