○バイト帰り(夜)、コンビニ前で
ひな乃M(早く、早く、
おばあちゃんになりたいと思ってる。)
(誰からも恋愛対象にならなくて、
誰からも嫌われることが無くて、
誰に対しても無害で)
(――そういう存在に、私はなりたい。)
バイトの帰り道、三門ひな乃十七歳は男に絡まれていた。
男 「ねえ、俺達よく会うよね。覚えてない?」
ひな乃「し、知りません」
男 「もしかして恥ずかしがってる?
かわいいね。ほら、君のバイト先のコンビニ、
よく行ってるんだけど。
俺の顔、見覚えあるでしょ?」
ひな乃「知らないし、覚えてません!やめてください!」
男 「……んだよ、
いつもあのコンビニで買ってやってんのに、
少しは付き合えよ」
「ちょっと可愛いからって、大人をなめんなよ」
ひな乃(知らないよ!
そっちが勝手に付きまとってるだけでしょ)
(大人なら、
子供相手にこんなことしないでよ――!)
ひな乃は、ふわふわとした栗色のロングヘアに、色素の薄い儚げな顔をしている美少女だ。
華奢な手足はすらりと長く、パーカーにジーンズというラフな服装でも、その容姿の良さは隠せない。
男はというと、どうやらバイト先のコンビニの常連であるらしい。大迷惑ではあるが、ひな乃にとってこうして付きまとわれることはよくあった。
逆ギレした男は、乱暴にひな乃の腕を掴む。
嫌がっても離してくれない。
ひな乃(誰か……!)
助けを求めて、ひな乃は周りを見回した。
けれど、道行く人は誰も助けてくれはしない。これもよくあることだった。
ひな乃(……け、警察! 警察呼ばなきゃ……
スマホは、ええと……)
(ああっ)
自力で助けを呼ぼうとしてスマホを取り出したものの、手が滑って落としてしまう。
カラカラと、男の足元へ滑り落ちるスマホ。
それを見て逆上した男は、ひな乃に向かって腕を振りかざした。
男 「お前……! ふざけたマネすんじゃねーぞ」
ひな乃「……っ」
(殴られるっ……!)
殴られる衝撃を覚悟して、ひな乃はギュッと目を瞑った。
しかし、いくら待っても男の拳は降ってこない。
ひな乃(……あれ?)
恐る恐る目を開ける。
するとひな乃を庇うように、見たこともない青年が男の腕を捉えていた。
男 「いてぇ……!!!」
男を捉えているのは、背が高くスラリとした黒髪の青年だ。
青年は、片手で男の手を受け止めている。
整った顔は涼しげでいて情熱的で、ひな乃は思わず目を奪われた。
?? 「ひな乃さんに触るな」
男 「な、なんだお前!?」
彼はひな乃の前に立ちはだかり、男をゴミのように見下ろしている。その手には力が篭もり、男の腕がギリギリと締め上げられていく。
苦痛に顔を歪ませる男。
男 「やめろ、やめろっつってんだろ!」
?? 「まだ足りない」
男 「うあああ!」
ひな乃(こ、これ以上やったら、腕が折れちゃう!)
ひな乃「もういいよ……! 止めて!!」
?? 「ひな乃さん」
ひな乃「私は助かったから!
もうこの男のことは許すから!」
?? 「――あなたは、本当にお優しい」
ひな乃に止められてやっと、青年の力が緩められる。
男は青年の手から素早く抜け出すと、「ヒィッ」と叫びながらひな乃達の元を後にした。
その場に取り残される、ひな乃と青年。
青年は髪をかきあげながら、落ちたスマホを拾い上げた。
?? 「はい、ひな乃さん」
差し出されたスマホを受け取るひな乃。
ひな乃(……だ、誰)
(なんで私の名前知ってるの……?)
ひな乃は、改めて青年を見上げた。見れば見るほど、彼は綺麗な顔をしていた。
なぜ初対面の人間がこちらの名前を知っていたのか不思議に思いつつ、彼に向かって深々と頭を下げる。
ひな乃「あの、ありがとうございます。
おかげで助かりました」
?? 「いえ。お助けするのが遅くなりました。
申し訳ないくらいです」
ひな乃「そ、そんなことないです!いつもこういう時は
一人でやり過ごすしか無かったから……」
?? 「いつも――? いつも、
このような目に遭っているというのですか?」
青年の表情が、サッと変わる。
青年は、心配げにひな乃の両肩を支えた。
突然触れられたことに戸惑うが、なぜか不思議と嫌じゃない。
ひな乃は助けられた安心感で、コクリと小さく頷いた。
ひな乃「ええ、まあ……」
心配されることに慣れていなくて、ひな乃は思わず作り笑いを浮かべる。
ひな乃「私、目立つみたいで――
歩いてるだけで絡まれるんです。笑えますよね」
?? 「ひな乃さん……」
○ひな乃、回想
ひな乃M(ただ歩くだけ、座っているだけ)
(それだけなのに。)
男子 『ひな乃ちゃんだ』
男子 『かわいー』『モデルみてー』
男子 『お前、声かけろよ』『こっち向いて!』
学校でも街でも、男達が騒ぎ出す。
その様子を見た女子達は、揃ってひな乃への陰口を口にした。
女子 『うざ』『ひな乃じゃん』
女子 『あの子、人のカレシ取ったって』
女子 『色目使ってんじゃねーよ』
どこにいても、何をしていても、意図せず注目を浴びてしまうひな乃。
いつの間にか、一人きりになれる場所が好きになった。誰にも頼れなくなってしまった。
自然と孤立していくひな乃。
男子 『ひな乃ちゃん、女子からハブられてるって』
男子 『女子怖ぇ、ひな乃ちゃん可哀想……』
女子 『自分は特別って勘違いしてるんじゃない?』
女子 『何様?』『被害者ぶって最低』
何をしても噂や陰口は止まらない。
ひな乃M(どうしたらいいのか、分からない)
ひな乃M(いっそこんな顔要らないって、
思い詰めたこともある。でも――)
祖母 『ひな乃はとっても可愛いねえ』
ひな乃(おばあちゃん……)
祖母は、目を細めながらひな乃を撫でる。
毎日毎日、愛情たっぷりに「可愛いねえ」といいながら。
ひな乃M(私は物心ついたころから、
おばあちゃんと二人暮らしをしている)
※古いアパート
ひな乃M(交通事故で死んでしまったらしい両親のかわりに、
私を大切に育ててくれて)
(私の顔も、心から愛してくれている)
祖母 『ほんとうに、寧音の学生時代そっくりだねえ』
ひな乃『しずね――お母さんのこと?』
祖母 『そうだよ。まるでひな乃の中に、
寧音が生きているようだよ』
ひな乃M(寧音は祖母の娘――私のお母さん)
(おばあちゃんはいつも、私の中に寧音を見る)
ひな乃M(私はそれが嬉しくもあった)
(自分の中に、
母の姿を感じることが出来たから)
(回想終わり)
◯バイト帰り(夜)に戻る
ひな乃「この容姿は、母の形見みたいなものなんです。
だけど……」
「絡まれるのも、悪口言われるのも、
もう全部面倒くさくって」
「なにもかも省略して、
おばあちゃんになってしまいたい……って
時々思うことがあって」
近くの公園でベンチに並んで座るひな乃と青年。
手にはペットボトル。青年がひな乃を気遣って買ってきてくれたものだ。
ひな乃は日頃の鬱憤を、初対面の青年に洗いざらい吐き出した。
彼は黙ったまま話を聞いてくれている。
?? 「おばあちゃんに、なりたい?」
ひな乃「もう、なんにも悩まずに、誰からも嫌われずに
平和に暮らしたくて」
?? 「そうですか……」
ひな乃(そういえば……
誰かに、こんなこと話したの初めて)
ひな乃「――って、ごめんなさい。
私、初対面の人相手に何を話して……」
?? 「っ……」
ひな乃「?」
息が詰まるような声にひな乃が隣を見上げてみると、青年は神妙な顔でこちらを見下ろしていた。
ひな乃「えっ!?」
(うそ、なんでそんな顔するの……)
?? 「ご苦労なさったのですね……」
青年は、ペットボトルごとひな乃の手をギュッと握った。
その勢いにたじろぐひな乃だったが、手を握る彼の力は増すばかり。
?? 「ひな乃さん」
ひな乃「は、はい」
?? 「これからは俺が、あなたをお守りします」
ひな乃「え?」
?? 「ですから――」
「ひな乃さんは、
もっとご自分を大切にしてください」
ひな乃(こ、この人……何言ってるの?)
優しすぎる言葉と、オーバー過ぎるくらいの反応に、不思議と心が軽くなるひな乃。不覚にも胸がときめく。
ただし、目の前の彼とは初対面。
高鳴る胸を抑えつつ、一旦落ち着こうと息を吐いた。
ひな乃「あの――私達、初対面ですよね?」
「あんまり、初対面の人間に
そんなこと言うもんじゃないですよ……!」
戸惑うひな乃の問いかけに、青年がジッとこちらを見つめる。どこか意味深な瞳が、ひな乃を映す。
?? 「――いいえ、初対面などではありません」
ひな乃「えっ?」
?? 「今週、ひな乃さんのクラスに
編入したじゃないですか。
覚えていらっしゃいませんか?」
ひな乃「え?」
○翌日、向坂高校の教室(授業中)
ひな乃(え?)
窓際席に座る編入生・倉多 秀生を見つけるひな乃。
ひな乃(え!?)
秀生は黒縁メガネにボサボサの頭、芋っぽい制服姿。昨日の凛々しさは一体どこへ行ったのだろうか、完全にオーラを消して授業を受けている。
ひな乃(えーー!?)
ひな乃(べ、別人なんですけど……??)