とっさに床に手をついたから、ケガにならなくて済んだけど……。
なんてぼう然としていたら、ひざまずいてこうべを垂れるわたしに、さっと手が差し出された。

「大丈夫ですか?」

顔を上げると、まじめそうな男の子が立っていた。
前髪が左から右にかけて長くなっているアシンメトリーで、ジャージのファスナーを首まで目いっぱい上げている。

「ありがとうございます」

彼の手につかまって立ち上がり、お礼を言った。

「いいえ」
「えっと……他校から参加してる人ですよね?」

顔に見覚えがあるのは、演劇部の合宿に参加している人だから。
ただ、名前が思い出せない。

「はい。くぬぎ中二年の大友(おおとも)勇吾(ゆうご)って言います」

大友くん。ごめんなさい。今、覚えました。

くぬぎ中学校といったら、この学校から一番近いところにある公立中学校。
よく見ると、大友くんが着ているジャージの胸に、青色の糸で【くぬぎ中学校】と刺しゅうされている。

「同い年なんですね。ぼくも他校から参加していて、鵜飼咲也と言います」
「知ってます」
「えっ?」
「鴻上くんから誘われたって。しかも、勇劇部に」
「ああ、まあ、そうですね」

まちがってはないけど、それってそんなに有名な話なんだ。
鳴海くんも知ってたし。