「……さん、……かいさん。……鵜飼(うかい)咲花(さくか)さん!」

先生の声が、わたしを現実に引き戻す。
どうやら、ずっとわたしの名前を呼んでいたらしい。

「は、はい……」
「早く始めてください」

先生にそう言われて、下を向いたまま口を開いた。

「……こ、こもろなる、こじょうのほとり……」

頭の中に流れる、島崎藤村の詩歌『千曲川旅情の歌』を言葉にしていく。

けれど、言葉にできても、きっとみんなの耳には届いていない。
わたしの声が小さすぎて、聞こえていない。

本当はもっとすらすら言えるのに、ちゃんと大きな声で言えるのに。
みんなの視線がわたしの体にまとわりつくような感じがして、全然思うように声に乗ってくれない。

しかも、教室の静寂が、よけいにわたしの緊張をかき立ててくるんだ。

たくさんたくさん練習した。
今日の、『千曲川旅情の歌』を暗記してみんなの前で発表する、というテストのために、たくさん練習したんだ。

でも、やっぱりできない。
人前に立って、しゃべるなんて……わたしには、できないよ。