「そ、そんなつもりじゃ…」

引き攣る頬を無理やり笑わせる。崩してはいけない。急に笑顔をやめろだなんて、彼は失礼なことを言っている自覚がないのだろうか。

「さっきみたいに笑え」

「いだっ…!」

そう言う彗は、私のほっぺをぐにーと伸ばしてくる。さっきまで鼻血をだしておでこも負傷していた女子になんてことをするんだ。

「ふゃ…ふゃめでよ…!」

ほっぺを掴まれて上手く話せない私に、彗くんは「ぶっ…ふふ」と笑いを堪えているようだ。

また笑ってる。でも今回の仮面も変わらず無表情。
普通の人の仮面なら笑って黄色やオレンジ色になっているところだけれど。

けれど彼が嘘で笑っているようには見えない。そもそもそんな取り繕いをする人ではない気がする。それに、何だか…

「ちゃんと笑ってるとこ、初めて見た…」

あ。またやってしまった。すぐに口を抑えるが、もう遅い。時々やってしまうのだ、考えていることを声に出してしまう。さっきのバスケの時もそうだった。

はぁと心の中でため息をついていると、目の前の彼はきょとんとした顔を浮かべていた。

お互いに無言が続く。

早くこの空間から逃れたくて、私から口を開いた。

「ごめん、私、たまに口に出しちゃう癖があって…」

「…知ってる」

彼が口を開いた瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「今なんて言ったの?チャイムの音で聞こえなかったよ」

そう言う私に彗は無言で私を見つめている。なぜ答えてくれないのだろうか。

吸い込まれそうなその目を見ていると、また私が何かやらかしたのかとそわそわしてしまう。そんな時、やっと彼が口を開いたのは「別に」という短い返事だった。

反応するよりも前に、彗は保健室のドアの方向に歩き出し、「もう怪我しないようにね」と後ろを向きながら手を振って行ってしまった。

「あっ…ちょっと、待って…!」

言葉を言い終わる前に、ぴしゃんとドアは閉められてしまった。怪我をさせたのは彼だというのに、ひどい話だ。