コンコン、と遠くで何か硬いものどうしが当たる音が聞こえる。
 その音はだんだん近く大きくなっていく。

「おーい、起きてもう下校時間だよ!」
 
 顔を上げると、そこには隼人君の姿があった。私はどれらい眠っていたんだろう。かなりの時間眠っていたはずなのに眠気で頭がぼんやりする。

「あはは、まだまだぼんやりだね.........でもほら、早く起きてー!」
 
 隼人君は机の端の方をコンコンと叩きながら催促してくる。

「まだ眠いねぇ.....でも、電車に遅れるから頑張って起きて?」

「分かってる〜....。」
 
 子供扱いされたように感じたから、少しふて気味に返してやった。睡魔に襲われながらでも、キュンとしてしまうのだから私はもう重症かもしれない。
 あぁ......こんなに優しくされたら、勘違いしそうだ。こんなことなら、はじめから仲良く話すこともしなかったと思う。
 こんなことを考えていることも、隼人君に見透かされてやしないかとヒヤヒヤするけれど、それでも私は隼人君が好きなんだ。
 君がいてくれるだけで、退屈な学校でも楽しく過ごせる。
 君がいてくれるだけで、私はどんな辛い出来事だって笑い話にできる。

「今日も暑いねぇ....なんか飲む?」

「ソーダ.......」

「え、炭酸苦手なんじゃなかった?」
 
 確かに私は、炭酸が苦手だ。だけど今はいつも飲んでいる果物のジュースより、ソーダの気分だった。

「いいの、早くいくよ。」
 
 私は、隼人君の心配を無視して近くの自販機へ向かって歩いた。

 ✱✱✱

「うあぁ、やっぱり好きになれない.......。」
 炭酸のシュワシュワに思わず顔をしかめる。隼人君はそんな私を見ながら『だから言ったじゃん』と大笑い。
 腹立つ......なんて思いながらも、この時間がずっと消えないでほしいと思っているのも事実。聞くなら今しかないのかもしれない。そう思った私は、思い切って聞いてみることにした。聞いて、想いを伝えて......ダメだったらそれでいい。何もしないで後悔するより、よっぽどマシだと思った。私は大きく息を吸って言葉をかける。
「ねぇ!」
 
 自分思ったよりも大きな声が出る。隼人君は少し驚いたようにこちらを見て、少し微笑んだ。
 あぁ、これを聞いてしまったら.....本当に終わってしまうかもしれない。そんなマイナスのイメージが頭の中を占拠する。そんな考えを振り払うように私は頭を横に振る。

「ん?なに?」
 
 でも、もし神様がいたとして......私に味方してくれたとしたら......。なんて淡い期待をしてしまう私は本当にどうかしている。

「あの〜さ、前言ってた......隼人君の好きな人って誰?」
 そう私が聞くと、隼人君はまた驚いたような顔をして私の方を見つめていた。

「え、どうしたの急に......そんなに気になる?」
 
 まぁ、そりゃそうか......好きな人の話なんてそう簡単に聞かせて貰えないことくらいわかっていた。

「今、近くにいるんだよね......。でも、どう思われるだろう......。」

「近くにいるなら、伝えた方がいいんじゃない?明日、伝えられるかもわかんないし。」
 
 もう無理だ、そう思った。だから私は隼人君を応援する意味も込めて、こう言ってみた。

「わかった、じゃあ......そうするよ。」
 そう言った隼人君の顔はとても真剣だった。

「俺さ、好きだよ。咲良ちゃんのこと。」

「え?!」
 
 まさか、そんなことはないだろうと思っていたけれど.....そのまさかが今目の前で起こってしまった。

「だから、好きだって言ってんじゃん。伝えろって言ったの自分じゃん。」

「それは、そうだけどさ.....。いきなりすぎてさ.......。」
 
 本当にいきなりのことすぎて、これが現実かどうかも分からない。

「あ、でも......咲良ちゃんは違う人の方が好きもね。だって俺.......普通じゃないから....。」
 そんなことはない....人と違おうが私が好きなのは、隼人君だから。

「そんな悲しいこと言わないでよ.......私も好きだよ?隼人君のこと。人とちょっと違うだけで、嫌いになんてならないよ。」
 こんな言葉で、伝わるかどうかは分からないけれど、一生懸命伝える。
 自分が、絶対に後悔しないように。

「そっか、そうだよね。ありがと......俺嬉しい。」

「じゃあ........」

「うん、これからもよろしくね。」
 
 すごく嬉しかった、自分の気持ちがちゃんと届いたことが。
 君と一緒に居られる、それだけで私は....今の何倍も強くなれる。心に雨が降っていたって、一瞬で止んでしまう。
 それくらい、私にとっては特別だから。

「ソーダ飲んでて、よかったかも。」
 
 私は隼人君に聞こえないように、そう呟いた。