「ノート、読んであげて」

そう言って柊真のお母さんが立ち上がり、病室の方へ歩いて行った。

まだ動けないままの私はぼぉーっとノートを見つめてた。

少し離れたベンチまで来たからすごく静かで、窓が近いからたまに海風が入って来る。

「……。」

ノート、何が書いてあるんだろう。

開くのが少し怖いなぁ…

これを読んだら本当にもうすべてが終わってしまうように思えるから。

柊真のことを受け入れなくちゃいけない気がして…


開くことが出来ない。


ノートの上に手を置いて、表紙をめくろうとしてもそこからニギニギと手のひらを動かすだけで表紙を掴むことも出来ない。

「…っ」

だってもし、もし…

しんどいとかつらいとかそんな言葉ばかりだったらどうしよう。


私何も出来なかった、柊真に何もしてあげられなかった…っ


“夏休みが明けたらオレはここにない”

知ってたのに…!!


3ヶ月しかないってわかってた。
だけど何も出来なかった。


何をすればいいのかわからなくて…

毎日会いに行くことしか出来なかった。



私、終わりになんか出来ないよ。


終わりになんかしたくないよ。



まだ柊真といたかった…



「あっ」

流れて来る涙を拭こうと思ってノートの上に置いていた手を離したら、手が滑ってノートが床に落ちてしまった。

風が吹いてペラペラペラとノートがめくられていく。

「…!」

拾わなきゃ…!

と思った手が止まる、そこにはたくさんの私の名前が書いてあったから。


『千和の海の絵が完成した。最初はいやそうだったけど最後まで描いてくれたうれしい。』

『今日の千和はかわいい、リップをつけていてかわいい。』

『千和はたまにさみしそうな顔をする。その理由はまだ教えてはくれない。』

『千和といるとたのしい』

『自由研究ってこれで合ってる?1回やってみたいって思ってたけど正解がわからない』

『千和が泣いていた。思わず抱きしめちゃった。』


『明日も会いたい』


『千和に会いたい』


『千和に会えてうれしかった』



何これ…、私のこと自由研究してるって言ってたけど…



想いに溢れていた。



どのページも私のことばかりで自分のことなんか書いてなかった。


柊真だって苦しくて辛くてしんどかったはず…

ううん、私なんかよりきっと…


それなのにっ 


ノートの前、廊下の床にぺたんと座ったまま必死で並べられた文字を追いかけた。

日が進むにつれて文字が歪んでいく。

もう鉛筆を持つ力さえなかったんだと思う。



それでも私に伝えたかった。



伝えたいことがあったんだ。


最後のページをめくる。


ドキドキと鳴る心臓がうるさくて、呼吸が乱れる。


これが最後の1ページ…





『負けないで、千和』



 

ドンッと胸打つように、柊真がささやいたみたいに聞こえた。

耳元で聞こえた気がしたの。

涙があふれる、とりとめなく溢れて溢れて止まらない。

「なんでよ…っ、もっと自分のこと考えなよ…」

どうして最後まで私のことばっかり、もっとあったでしょ…っ 

もっと柊真も好きなこと言ってよかったのに…

なんで…っ 


柊真だって怖かったでしょ?


いいんだよ、言っても…

もっと自分のこと言ってよ…っ



“千和が一緒なら怖くないって…っ”



「柊真…っ」

ノートを抱きしめた。
力強くいっぱいいっぱい、ぐちゃぐちゃになるぐらい力を込めて。



話したいことがあるよ。


聞いてほしいことがあるよ。


一緒に見たいものがあるよ。



「…っ」

まだまだ一緒にいたかった。

もっともっと一緒に生きたかった。

終わりの言葉なんか口にしたくない。


だけど…




私も柊真に出会えてよかった。




柊真と過ごせてよかった。


柊真がいたからここでも息が出来たよ。






柊真、私と友達になってくれてありがとう。