お母さんの体力が回復するまでもう少しの間入院は続きそうだった。
だから学校が終われば病院へ行って夕飯の時間には家に帰る、そんな毎日で。

それと同時、防波堤を通りかかりながら病室の前に書いてあった名前を確認する日々も続いて…


たぶんここは個室だよね?

1人しか名前書いてないし。

いつもドアの閉まった病室には覗き込むことも出来なくて、横目で名前を見るくらいしか…


「じゃあねお母さん、また明日来るね!」

すっかり夏になった夕方6時はまだ日が出ていて明るい。だから帰るのが名残惜しくなっちゃうけど、おばあちゃんも待ってるし。

お母さんのいる病室から出てエレベーターへ向かう廊下、あの名前が書いてあるドアはどうなってるかなってちらっと見ながら通り過ぎた。

今日も閉まってるか…
知らない人かもしれないのにいきなりノックして病室入るとかは出来ないし、誰か出入りしたタイミングに遭遇出来たら…


「失礼しました、青柳くんまたね」


…!

聞いたことある声だった。この声は最近よく聞くから。

サッと振り返ってドアを確認するとぺこりと頭を下げながら出て来た。


声の主である大橋先生が。


大橋先生が…

なんで?

どうして…?


ううん、大橋先生の知り合いの可能性も全然あるんだけど、狭い田舎だから。


でも… 


すーっとドアを閉めた。

丁寧に音を立てないように閉めると、少し俯き加減に歩き出した。

こっちに向かって来る、立ち止まったままの私の方に…

「あ、山下さん」

いつもと変わらない声であいさつをされた。

「大橋先生…」

「山下さんはお母さんのお見舞い?」

「はい、…そうです」

「大橋先生は…」

顔を見上げる、背の高い大橋先生を見るのにはグッと上を見なきゃいけなくて。

「誰のお見舞いなんですか?」

目を伏せた、一瞬廊下の床を見て視線を戻した大橋先生が眉をハの字にして似つかわしくない表情で答えた。


「僕の生徒」


“めっちゃくちゃ背の高い先生いない!?”

“でも趣味手芸らしいよ”

柊真の言い方はどれも他人事みたいだった。

だから別の中学校に通ってるんだって思ってた。


だってまるで誰かに聞いたみたいだったから。


「ずっと学校に来られてない子でね、今もちょっと体調がよくないみたいなんだよね」

さみしそうな顔だった。

いつもにこにこして笑ってる大橋先生のそんな顔、どうしてそんな顔で言うの…