「今日の夕ご飯はトマたま煮だって、トマたま煮って何かな?」

「おばあちゃんの得意料理だよ」

「得意料理?」

個室だったお母さんの部屋が4人部屋に移った。入って奥の右側がお母さんのベッド、その前に置いてある丸椅子に座って体を起こしたお母さんと話をする。

「トマトをふわふわな卵でとじるの。昔からよく作ってくれたんだよ、お母さんそれ大好きだったなぁ」

今日はお母さんの好きなものなんだ…
ふーん、そっか好きなもの…

そう聞くだけで顔がほころんだ。

「でも千和はトマト嫌いだもんね」

「そ、そんなことないよ!もう食べれるもん!」

「えーそうだっけ?おばあちゃん千和の嫌いなもの知らないから、でもこれで食べられたらいいね」

「食べれるってば!」

くすくす笑いながら、どうってことない会話だったけど何でも笑える気がしてた。
こうして毎日少しだけど、一緒にいられてうれしいから。

「あ、千和そろそろ時間じゃない?」

「え、もう!?」

ベッドの隣の棚を見ればもうすぐ6時になる。
夕飯前には帰る約束だからもう帰らないと…

「千和、毎日ありがとう」

ぎゅっと私の手を握った。

一瞬で瞳に熱が伝わって泣きそうになる。

「明日も!明日も来るから!」

「うん、待ってるね」

私も握り返してぎゅーっと力を入れた。

本当はまだ帰りたくないけど、あんまり遅くなると夕飯に間に合わなくなっちゃうし今日のトマたま楽しみだし。

ばいばいと手を振って病室から出た。

でもやっぱりさみしくなっちゃうんだけど。


残りの3ヶ月はあとどれぐらいなんだろう?


まだ残ってるのかな。


おばあちゃんのご飯はおいしくて、お母さんといろんな話をするのは楽しくて…



でも夜は怖い。



明日の朝、目が覚めなかったらって思うと怖くなる。

時間があっという間に過ぎていくみたいで不安になる。



柊真にもずっと会えてないし。



毎日病院へ来る途中、防波堤に寄ってから来て
るけどもうずっと柊真の姿を見たことがない。


避けられてるのかな?

私に会いたくないのかもしれない。



今さら寿命が惜しくなったなんて、思ってるから…



見透かされたんだ。


もう会いたくないよね。



このまま私とは…



「!」



エレベーターの方へ歩いてた。


下ばっかり見てるのはよくないって顔を上げた時だった。閉められたドアの前に書いてあった名前につい立ち止まる。


「…青柳柊真(あおやぎしゅうま)?」


柊真と同じ名前…!

苗字は!?苗字ってなんだっけ!?

あ、聞いてない!

「……。」

…でも同じ名前なんて普通にあるか、そんな珍しい名前でもないよね?え、珍しいかな?

でもこんな田舎町で同じ名前って…


ただもうずっと柊真のことを見てないのが気になった。


いつから入院してるんだろう、この人は。

この人は誰なんだろう。


だけどドアをノックする勇気はなくて。

立ち止まった足をエレベーターの方に向かって踏み出した。