コンコンッ…
丁寧に2回ノックした。

ドアに耳を近付けて部屋の中の音を聞く…

何も聞こえない。

入っていいのかな?
あ、それとも今いない?

入ってもいいかなー…

そろーっとドアを開けて、お母さんの病室にゆっくり足を踏み入れる。

「失礼しまーす…」

その瞬間ふわっと風が顔に当たった。窓が空いていたから。

海沿いに立つ病院は潮の匂いがする。

「…寝てる」

すやすやと寝息を立てていた。

緊張しながらここまで来たからふぅって力が抜けた。

寝てるなら、よかった…

ここならゆっくり寝られるみたいだなって安心したのと、本当は何を言えばいいのか少し迷ってたから。

ベッドの横の棚に紙袋を置いた。

えっと、家に持って行く荷物はこっちかな?帰る時はこっちを持って行けばいいんだよね?じゃあ帰りはこっちで…

眠るお母さんの方を見た、ベッドの下から丸椅子を引っ張り出して座る。

眠っているお母さんの顔を見つめて。

顔色…よくなって来たかも。

血を吐いてた時は真っ青な顔してたし、つらそうだったけど今は全然苦しそうじゃない。

病院の先生の言った通りだ、きっとこれなら…

「……。」

ゆっくりゆっくり…
恐る恐るって言い方の方が合っていたかもしれない。

小刻みに震える手を、絶対音を立てないように気を配って近付いた。


お母さんの左手に。


少しだけ、指先からわずかに触れて。


もう記憶にない、お母さんと手を繋いだ日なんて。



あの頃私はしあわせだった。



「お母さん…っ」


優しく包み込むように触れた。

本当はぎゅって握りたかった。


あぁ、また涙が出て来ちゃう。


お母さんの手があったかくて。



よかった。


生きてる。



お母さんは生きてる。



死なないでよかった。