翌朝は、包丁がまな板をトントンと叩く音で目が覚めた。
仕立てのいいスーツ姿にエプロンを着用し、明るい台所で料理をする颯斗さんは、あまりにも絵になっていた。まるでドラマのワンシーンだ。
「おはよう、果絵」
「おはようございます、颯斗さん」
出来上がった朝食は、和食。
お味噌汁の味がすごく好みで、朝から幸せな気分になってしまった。
朝食の席で、ホームパーティへの同伴を頼まれる。
「気の合う仲間だけが集まるホームパーティで、三日後予定だ。恩師や友人から妻を見せろと言われて、俺も自慢したくなってしまった。肩肘張ったパーティじゃないから、安心していい」
「承知しました」
しっかりと役割を演じなければ、と真剣にメモを取って相槌を打つと、「真面目だな」とコメントされる。
「俺が自慢したいだけなんだ。自慢したらすぐ帰るし、そんなに身構えなくてもいい」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
三日後。
身支度をした私は、送迎車の中で颯斗さんと動画を観た。
幼い女の子がパパとママと楽しそうに笑っているキッズチャンネルだ。
動画には、鈴木店長が映っている。
「鈴木店長じゃないですか」
「鈴木さんのご家庭はキッズチャンネルを運営していたんだ」
キッズチャンネルを運営してたなんて、知らなかった。
動画を観ると、幸せでいっぱいの理想的な家族にしか見えなかった。
「そういえば、鈴木店長が奥さんのSNSアカウントを見せてくれましたけど……」
動画の中の奥さんは、陽気だった。
オンラインとオフラインで別人みたいになるタイプなのだろうか?
「SNSアカウントは、調査したところ別人だ。次にあったら教えてあげるといい」
「そんなすれ違いが……」
慌ててスマホで鈴木店長にメッセージを送った時、ちょうど車が停まった。
ホームパーティの現場である豪邸に着いたのだ。
壮麗な薔薇のアーチを通り、緑豊かな英国風の庭園に何人かが集まっていた。白い丸テーブルと椅子が何セットも設置されていて、立っている人もいれば座っている人もいる。
「ぜったい偽装結婚だって。突然すぎるよ」
「ついこの間まで『女いないし結婚する気ない』って言ってたんだぜ」
聞こえてくる会話に、私は颯斗さんと顔を合わせた。
「最初からもう見抜かれてるじゃないですか」
「あれは到着に気づいてて言ってるんだ。悪ふざけさ」
颯斗さんは私の手を引いて、皆の前に進み出た。
すぐに声をかけられる。
「おお、颯斗! 連れてきたな!」
注目が集まる中、私は接客で鍛えた表情筋を動員して笑顔を浮かべた。
「紹介するよ。俺の妻の果絵だ」
「はじめまして」
会員証の代わりみたいに、金色の弁護士記章を付けている人が多い。
パートナーの女性を連れている人もいれば、連れていない人もいる。
「可愛いじゃないか」
「浮気相手に立候補していい?」
意外とノリが軽い。
「寄るな、群れるな、浮気を申し込むな。俺のだぞ」
颯斗さんは私の肩を引き寄せ、自然な動作で私の髪を優しく撫でた。
私もあやしまれないよう、彼に身を寄せる。
「結婚式まだだろ? 招待してくれるんだろうな?」
「急いで入籍したのは女優とのゴシップを否定するためか?」
「おい、嫁さんがいるのにゴシップの話はしてやるなよ」
三者三様、冷やかしの声が楽しそうだ。
でも、悪意はなさそう。親しいからこその軽口という気配だ。
颯斗さんは彼らに順に声を返しながら、私をテーブルに誘った。
可愛らしくて爽やかなブルースターの花が飾られているテーブルには、見栄えのする料理のプレートが用意されていた。
「果絵、緊張してないか? 俺の知人が不躾ですまない」
「素敵なご友人たちじゃないですか。紹介してもらえてうれしいです」
カクテルグラスを取ってくれるので、受け取ると陽射しを浴びてグラスの中の液体がきらきらと輝く。
宝石を溶かしたみたいに綺麗だ。
「アプリコット・クーラーだよ。どうぞ」
「口当たりがいいですね。爽やかな感じ」
カクテルを楽しんでいると、恩師という貫禄のある初老の男性を紹介された。
金の禿げた記章をしていて、百戦錬磨って雰囲気だ。表情はニコニコしている。
「女性嫌いかと思っていたけど、ちゃんと相手がいたんだねえ宝凰寺君」
「ずっと片想いしていたんですよ。先日ようやく心が通じました」
慣れ染めの話に興味津々で周囲が耳をそばだてている。
私も空気を察して話を合わせた。
「私もずっと颯斗さんのことが好きだったんです」
「果絵に告白したら両想いで驚いたよ。もっと早く告白すればよかったな」
颯斗さんは私の頬にそっとキスをした。
周りからは歓声や冷やかしの声が上がり、皆が楽しそうに笑っている。
――信じてもらえたみたい。大成功だ。
「今日は自慢したくて連れてきたんだ。たっぷりと自慢させてくれよ」
「ははは! 颯斗め、見せつけやがって」
颯斗さんの声と和やかな周囲の声が、偽物の関係を本物に変える魔法のように鼓膜をくすぐる。
和気あいあいとした時間はあっという間に過ぎて、気づけば帰る時間になっていた。
帰りの車に乗る私は、まるでシンデレラにでもなった気分だった。
仕立てのいいスーツ姿にエプロンを着用し、明るい台所で料理をする颯斗さんは、あまりにも絵になっていた。まるでドラマのワンシーンだ。
「おはよう、果絵」
「おはようございます、颯斗さん」
出来上がった朝食は、和食。
お味噌汁の味がすごく好みで、朝から幸せな気分になってしまった。
朝食の席で、ホームパーティへの同伴を頼まれる。
「気の合う仲間だけが集まるホームパーティで、三日後予定だ。恩師や友人から妻を見せろと言われて、俺も自慢したくなってしまった。肩肘張ったパーティじゃないから、安心していい」
「承知しました」
しっかりと役割を演じなければ、と真剣にメモを取って相槌を打つと、「真面目だな」とコメントされる。
「俺が自慢したいだけなんだ。自慢したらすぐ帰るし、そんなに身構えなくてもいい」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
三日後。
身支度をした私は、送迎車の中で颯斗さんと動画を観た。
幼い女の子がパパとママと楽しそうに笑っているキッズチャンネルだ。
動画には、鈴木店長が映っている。
「鈴木店長じゃないですか」
「鈴木さんのご家庭はキッズチャンネルを運営していたんだ」
キッズチャンネルを運営してたなんて、知らなかった。
動画を観ると、幸せでいっぱいの理想的な家族にしか見えなかった。
「そういえば、鈴木店長が奥さんのSNSアカウントを見せてくれましたけど……」
動画の中の奥さんは、陽気だった。
オンラインとオフラインで別人みたいになるタイプなのだろうか?
「SNSアカウントは、調査したところ別人だ。次にあったら教えてあげるといい」
「そんなすれ違いが……」
慌ててスマホで鈴木店長にメッセージを送った時、ちょうど車が停まった。
ホームパーティの現場である豪邸に着いたのだ。
壮麗な薔薇のアーチを通り、緑豊かな英国風の庭園に何人かが集まっていた。白い丸テーブルと椅子が何セットも設置されていて、立っている人もいれば座っている人もいる。
「ぜったい偽装結婚だって。突然すぎるよ」
「ついこの間まで『女いないし結婚する気ない』って言ってたんだぜ」
聞こえてくる会話に、私は颯斗さんと顔を合わせた。
「最初からもう見抜かれてるじゃないですか」
「あれは到着に気づいてて言ってるんだ。悪ふざけさ」
颯斗さんは私の手を引いて、皆の前に進み出た。
すぐに声をかけられる。
「おお、颯斗! 連れてきたな!」
注目が集まる中、私は接客で鍛えた表情筋を動員して笑顔を浮かべた。
「紹介するよ。俺の妻の果絵だ」
「はじめまして」
会員証の代わりみたいに、金色の弁護士記章を付けている人が多い。
パートナーの女性を連れている人もいれば、連れていない人もいる。
「可愛いじゃないか」
「浮気相手に立候補していい?」
意外とノリが軽い。
「寄るな、群れるな、浮気を申し込むな。俺のだぞ」
颯斗さんは私の肩を引き寄せ、自然な動作で私の髪を優しく撫でた。
私もあやしまれないよう、彼に身を寄せる。
「結婚式まだだろ? 招待してくれるんだろうな?」
「急いで入籍したのは女優とのゴシップを否定するためか?」
「おい、嫁さんがいるのにゴシップの話はしてやるなよ」
三者三様、冷やかしの声が楽しそうだ。
でも、悪意はなさそう。親しいからこその軽口という気配だ。
颯斗さんは彼らに順に声を返しながら、私をテーブルに誘った。
可愛らしくて爽やかなブルースターの花が飾られているテーブルには、見栄えのする料理のプレートが用意されていた。
「果絵、緊張してないか? 俺の知人が不躾ですまない」
「素敵なご友人たちじゃないですか。紹介してもらえてうれしいです」
カクテルグラスを取ってくれるので、受け取ると陽射しを浴びてグラスの中の液体がきらきらと輝く。
宝石を溶かしたみたいに綺麗だ。
「アプリコット・クーラーだよ。どうぞ」
「口当たりがいいですね。爽やかな感じ」
カクテルを楽しんでいると、恩師という貫禄のある初老の男性を紹介された。
金の禿げた記章をしていて、百戦錬磨って雰囲気だ。表情はニコニコしている。
「女性嫌いかと思っていたけど、ちゃんと相手がいたんだねえ宝凰寺君」
「ずっと片想いしていたんですよ。先日ようやく心が通じました」
慣れ染めの話に興味津々で周囲が耳をそばだてている。
私も空気を察して話を合わせた。
「私もずっと颯斗さんのことが好きだったんです」
「果絵に告白したら両想いで驚いたよ。もっと早く告白すればよかったな」
颯斗さんは私の頬にそっとキスをした。
周りからは歓声や冷やかしの声が上がり、皆が楽しそうに笑っている。
――信じてもらえたみたい。大成功だ。
「今日は自慢したくて連れてきたんだ。たっぷりと自慢させてくれよ」
「ははは! 颯斗め、見せつけやがって」
颯斗さんの声と和やかな周囲の声が、偽物の関係を本物に変える魔法のように鼓膜をくすぐる。
和気あいあいとした時間はあっという間に過ぎて、気づけば帰る時間になっていた。
帰りの車に乗る私は、まるでシンデレラにでもなった気分だった。