閉じた瞼の裏に明るい光を感じる。
 カーテンに遮られていて控えめな、早朝の日差しだ。
 
「う……ん……」

 意識が覚醒していく。
 目が覚めると、見たことのない天井が見えた。

「ここ、どこ……?」
 
 自分の部屋ではない。
 ラグジュアリーなホテルみたい。
 
 私は服を着たままベッドに寝ていた。
 異様に寝心地がいい、キングサイズのベッドだ。
 状況がつかめなくて困惑していると、シャワールームに繋がるドアが開いて、声がかけられた。
 
「起きたのか」
「……きゃあっ!」
「ああ、驚かせてすまなかった。失礼」
  
 そこには、シャワー上がりだとひと目でわかる、全裸の腰元にタオルを巻いた颯斗(はやと)さんがいた。

 鍛えている様子の筋肉質な体付きで、腹筋が見事に割れている。
 上気した首筋に水が伝うのや、鎖骨から肩にかけての体の線がセクシーだ。
 
「ど、どうして」  
「昨日、眠いと言って寝てしまったから。家もわからないし、俺の部屋で寝かせたんだ」

 ああ、迷惑をかけてしまったんだ。昨夜の記憶が蘇る。
 吐いたりはしてないよね? 想像しただけで血の気が引く。

「ご、ご迷惑をおかけしまして……」 
「迷惑なんてない。腹が減ってるだろう? 朝食を持ってくる。シャワーを浴びて待っててくれ」
「さすがにシャワーは遠慮します」
「そうか? ……そうだよな。デリカシーに欠けることを言ってしまったな」

 少ししてから、着替えを済ませた颯斗さんは、私を隣室に誘ってくれた。

 隣室は広々とした空間で、天井は高く、開放的な空間演出がされている。
 ダウンライトの照明に明るく照らされたリビングはロースタイル家具で揃えられていて、大きな窓が早朝の都市風景を覗かせる。
 
 一流ホテル、もしくは高級なマンションの高層階――だろうか?

「さっき俺の部屋って仰いましたけど……」
「俺の部屋だが? さあ、朝食を召し上がれ、眠り姫」
「ホテルじゃないんですね……」
 
 歯が浮くようなセリフも、この美男子が言うと違和感が薄くて似合う。
 世の中にはこんな男性がいるんだな、と驚くばかりだ。
 
 テーブルに彩りよく並ぶ料理は、バターが塗られたパンに、表面がつやつやのウインナーに、真っ赤なケチャップ付きのスクランブルエッグ。
 可愛いミニトマトに、フレッシュな印象のレタスと、レタスの上に添えられた千切りキャベツ少量。
 深い琥珀色のオニオンスープは湯気があがっていて、いい匂いがする。

「わぁ、美味しそう……いただきます」

 ウインナーをフォークで刺し、口に運ぶ。ジュワっと弾ける肉汁がたまらない。
 パンは外側がカリッとしていて、バターが染み込んだ柔らかい部分が味わい深い。
 スクランブルエッグは卵のふわふわとした食感が心地よく、ケチャップの甘酸っぱさが絶妙なアクセントになっている。
 ……食べ進む手が止まらない。美味しい!

 ふと視線に気付いて顔をあげると、颯斗さんが蕩けそうな眼差しで私を見ていた。

「あ、あの……」 
「気にしないで食べてくれ。美味そうに食べてくれる果絵(かえ)が可愛くて、つい見惚れていた」

 また甘いセリフを言う。
 この人のことを『冷血』と評したのは誰だろう?
 ぜんぜん『冷血』って感じじゃない……。
 
「ずっと果絵を探してたって言ったら、気持ち悪がられるかな?」
  
 万感の籠った口ぶりで言われて、どきりと心臓が跳ねる。
 
 いけない――この調子だと、昨夜の誤解は解けていないみたい。
 この感情は、私が受けちゃいけない。本物に向けられるべきものだ。
 
「ごめんなさい、昨日もお伝えしたつもりだったんですけど、人違いです。私、あなたのお知り合いではありません」
「……!」

 相手が息を呑む気配に、心臓が落ち着かなくなる。
 
「お世話になったお礼はします……! お部屋代とか朝食のお金とか……あ……あまり、お金に余裕ないのですが……」
「金は払わなくていい。寝てる間に弟くんから電話があって、色々聞いてるよ。苦労してるんだな……」
「なんで弟と電話で話してるんですかっ?」
「スマホがパスコードなしなのはセキュリティ上心配なので、パスコードを設定するといいと思う」
「そうしますけど……っ、と、とりあえず朝食代だけでも払います」
   
 昨夜お部屋まで運んでくれて寝かせてくれたり、朝食を用意してくれたのも、誤解されていたからだ。
 本来受けるはずのない厚意を受けてしまったのだから。
 
 お金を払って、終わりにしよう。
 そう考えて頭を下げた私だったのだけど。

「金はいらないから、俺と結婚してほしい」
「は……?」
 
 颯斗さんは突然プロポーズしてきた。全く意味がわからなかった。