「あの、春くん……この間はありがとう!」
静かな廊下に、私の声が響く。
「あれ? 俺、橘に何かしたっけ?」
「えっと。体育祭の日、事故に遭いそうになった私のことを助けてくれて……ありがとう」
私は立ち止まり、春くんに深く頭を下げる。
春くんが目覚めたら、真っ先にお礼を言おうと思っていたのに。なかなかタイミングが合わなくて、まだ言えてなかったから。
「春くんは、私の命の恩人だよ」
「そんな……大袈裟だなあ、橘は」
ようやく見せてくれた春くんの柔らかな笑顔に、胸が高鳴る。
「私のせいで春くんが事故に遭ったのは、よく分かってるけど。できれば、これからも春くんと……友達でいさせてもらえないかな?」
2回も振られて、まだこんなことを言うなんて。諦めが悪いのは、十分自覚しているけど。
こうして今、春くんと話して。彼の笑顔を見てしまったら……やっぱり離れるなんて無理。
できることなら友達のまま、これからも春くんのそばにいさせて欲しい。
だから、これは……ワガママな私の最後のお願い。
「友達……か」
春くんの呟きに、心拍数がわずかに速くなる。
「橘と友達なんて、そんなの……無理だよ」