湯呑を両手で持ち、優雅にお茶を啜る祖母を見て、甘い言葉に誘われて来たことを激しく後悔する。

 そもそも食事に行くと言い、新しく下ろした着物を着なさいと言われた時に変だと気づくべきだった。

 なんの疑問も抱かず、しっかりとした装いではなくては入れないほどの高級店に連れて行ってくれるんだと喜んでいた自分が恨めしい。

 とはいえ、祖母の言う通り先方がこちらに向かっているなら腹を括るしかない。それにいい機会なのかも。

 お見合いをしても私に結婚の意思がないと知れば、祖母も諦めてくれるかもしれない。

 そうなると気になるのは相手だ。向こうは今日がお見合いだと知らされて来るのだろうか。結婚を望んでいる? それとも私と同じように結婚する意志がない? 後者だったら助かる。

「ねぇ、おばあちゃん。今から来る人ってどんな人なの?」

 気になって祖母に訪ねると、私がお見合いに乗り気になったと勘違いしたようで上機嫌で教えてくれた。

「桜花も知っているお得意様のお孫さんよ。外交官をやっておられた上杉さん」

「上杉さん……って、あの上杉のおじさま?」

「えぇ、そうよ」

 上杉のおじさまは、祖母の言うように松雪屋のお得意様だ。元外交官で世界中で活躍されていた方で、外務省の中でも重要な役職に就いていたと聞く。

 ご子息も外務省に入庁され、引退されてからも松雪屋の着物をご贔屓にしてくださっている。