詰め寄る私に対し、兄は後退りしながら目を逸らした。

「……ノーコメントだ」

 それだけ言って逃げるように売り上げの計算に向かう。

「あ、ちょっとお兄ちゃん!?」

「俺からはなにも言えない!」

 それ以上はなにも答えないと言わんばかりに、お金の計算に没頭し始める。

 あぁなってしまっては、教えてくれないだろう。……でも、兄の様子からして私が誰かにハンカチを貸した場面にいたってことは間違いない。

 もう一度よくハンカチを見ると、うっすらと染みが残っていた。

「なんの染みだろう」

 その染みを撫でても、なにも思い出せない。だけどこれが記憶を取り戻すカギになるかもしれない。

 いつか上杉のおじさまとこのハンカチのエピソードを話せる日がくるといいな。

 返してもらったハンカチを大切にバッグにしまって、残りの閉店作業を進めた。最後に兄と戸締りを確認して店を出たのは十九時を回ってからだった。

 兄が店の裏口のドアのカギを閉めていると、「よかった、間に合った」と声が聞こえた。びっくりして兄とともに振り返ると、そこには大翔の姿があった。

「え? 大翔?」

 驚く私を見て大翔は「昨日、会いに行くって言っただろ? もう忘れたのか?」と言いながら近づいてきた。