『そろそろ切るな。おやすみ、桜花』

「あ……うん、おやすみ」

 通話を切ったが、どうしても大翔の言葉が頭から離れない。ありふれた言葉だよね。

 目を閉じて記憶を呼び起こす。すると、大翔よりも幼い声で同じ言葉を言われた記憶が浮かぶ。

「誰に言われたんだろう」

 それがどうしてこんなにも記憶に残っているの? 私はいったい誰とどんな約束をしたの?

 思い出せないのがもどかしくて、次第に頭が痛くなる。

「だめだ、思い出せない」

 焦らないようにしようと自分に言い聞かせ、この日はそのまま眠りに就いた。


 次の日から私は店に立った。相変わらず忙しなくて外国人観光客を中心にお客様が途切れることはなかった。

「いやー、今日はすごい人だったな」

「うん、ご飯もまともに食べられなかったのは久しぶりだったね」

 本当にお客様が途切れなくて、客足が少なくなったタイミングを見計らって交代でご飯を急いで食べただけだった。

「従業員の募集を始めたが、まさかここまでなかなか来ないとは……」

 兄は新たな従業員の募集をしてくれたのだが、まだ応募は一件も来ていなかった。だけどその理由は明白。

「そりゃなかなか来ないでしょ。条件に最低でも英語と中国語が話せて、プラスもう一言語話せる人なんて、そうそういないから」