「私、ちゃんとお父さんとお母さんのことを覚えているよ? もちろん一緒に過ごした日々すべては覚えていないけど、どんな人だったかとか、みんなで出かけた思い出とかちゃんと記憶に残っている」

 そうだよ、私にはしっかりと記憶が残っている。失った記憶なんてないはず。

 しかしそうではないようで、兄は眉尻を下げた。

「本当に一部の……いや、正確にはたったひとりの記憶だけ失ってしまったんだ」

「たったひとり?」

 聞き返すと、兄は大きく頷いた。

「あぁ。医者も理由はわからないと言っていたが、その人と過ごした記憶だけ綺麗に消えてしまった。だけど生活に支障はないし、話をして無理に思い出そうとしたら頭痛などは起きる可能性があるとも言われた」

「だから私たちは桜花には伝えないことにしたんだ。医者も自然と思い出す日がくるかもしれないと言っていたしね」

 兄に続いて祖母も言うってことは、ふたりとも私の記憶の中から消えたその人のことを知っているってことだよね? 雪乃さんも驚いていないし、三人とも知っているんだ。

「ねぇ、私が忘れてしまった人はいったい誰なの? 最近夢に出てくる男の子と関係している?」

 気になって聞いたものの、誰もすぐに答えてはくれなかった。